『アメリカへ行こう!』

 

一ヶ月しか付き合っていない彼女に振られた帰り道のことである。妙に大声で話している男がいた。男はいかにもアホそうでかわいい女のコ(モロに俺のタイプだ)を連れ、駅の方向へ歩いていた。すれ違う人、追い抜く人、皆必ず彼らを振り返る。かなりでかい声だ。お昼に食べたハンドメガホンが歯の隙間に挟まっているのだろう。聞き耳を立てる必要はまるでない。しかし、二人は全く意に介さない。

「俺さ、高校ン時いじめられてたんだよ。すっごい陰湿でな。教科書にポスターカラー塗りまくられてたり、便所閉じ込めなんて日常茶飯事だよ。上履きに画鋲なんてかわいいもんだぜ。俺の場合、体育着だぜ。」

アホそうでかわいい女のコは、彼の腕をぎゅっと抱き、彼の話に聞き入っているようである。もっとも、本当に耳に入っているのかどうかはあやしいけど。

「親とかには言えなかったよ。悪い気がしてさ。登校拒否も絶対にしなかった。誰にも言わなかったし。」

 隙間にメガホンは缶コーヒーを飲み干すと、空き缶を投げ捨てた。ごみ箱はない。どこにでもあるアスファルトの歩道だ。カンカラン、カラン。乾いた音が響いた。近くにいた女性は、嫌そうな顔をちらりと見せただけだった。

「で、俺は決めたね。日本はダメ。最悪の国だ。これからはアメリカだ。俺、向こうで暮らす。日本でもうちっとバイトして金貯めたら、アメリカに行く。」

 そう言いながら、タケオ・キクチのショルダーバッグから未開封のマイルドセブン・スーパーライトを取り出し、当たり前に外側のビニールを風に流し、百円ライターで火をつけた。こいつ、バカだ。本物のバカだ。

 支離滅裂。それでもアホコちゃんはぎゅっと彼に寄り添ったまま、前と足元と彼の顔を順番に眺めつつ、ハッピーハッピーオーラを剥き出しにしていた。で、こう言った。アホコちゃんのお昼はアンプだったのかもしれない。ハスキーで、やっぱりでかい声だった。

「あたしも行く! 日本に未練ないもん!」

 

今日俺を振った女のコの言葉。

「なんか、あなたといても楽しくないの。」

隙間メガホンとアンプちゃんはきっと楽しいのだろう。楽しくこの世を生きるのは、結局深く考えないバカとアホなのかもしれない。バカな隙間メガホンに、アホのアンプちゃん。……いやまてよ。ふと思った。彼らも深く考えたのかもしれない。そして結論があの生き方なのかもしれない。とすれば、それを実行できている彼らは、俺よりも新境地にいるってこと?

 携帯のリダイヤルで振られた彼女に電話する。

「何? 何の用?」

出た。ラッキーだ。

「一緒にアメリカに行こう!」

プツ……ツー・ツー・ツー。切られた。それから何度リダイヤルしても、彼女は出なかった。

 新境地に達するのは難しい。