『花』

 

 ボクとケイとユウがいつもあそんでるいつものはらっぱにきれいな花がさいてたんだ。白くて小さいけど、さむいのにもあついのにもまけないでしっかりとさいてたんだ。

 

はじめてみつけたのはケイだった。その花はたしかにきれいだったけど、ボクはあんまり好きじゃなかった。ケイはすごく気に入ったみたいだったけど、しょうじきにいうと、そのときはそんなにおどろくほどきれいだとはおもわなかったんだ。そこらへんにあるほかの花と大してかわらないとかんじてたんだ。ケイはよっぽどきにいったらしくて、その花をつんでもってかえろうとした。花はかぜにゆれるように、ゆらゆらゆらゆらゆれていて、ケイはなかなかつかめなかった。やっとくきのまん中あたりをつかんだしゅんかん、いきなり「いたい!」ってさけんで泣いた。ボクはびっくりしてケイのゆびをみたら、あかいちが出てて、すごくはれてた。とげがささったんだ。その日はユウがいなくてどうしていいかわからなかったけど、ないてるケイといっしょにいそいでいえにかえったとおもう。

 

それから一しゅうかんくらいケイとはあそべなかった。ボクはユウとあそんだけど、花のさいてるはらっぱにはいかなかったし、ケイのこともはなさなかった。ユウが花をみつけたり、ユウにケイのことをはなしたりしたら、ユウもその花にさわっちゃうかもしれないから。でも、ケイのゆびがなおってからはじめて三人であそんだとき、ケイが花のことをしゃべっちゃたんだ。おもったとおり、ユウはいつものはらっぱにいきたがってボクはどきどきしたけど、ケイがものすごくいやがったからいかないことになってほっとした。

 

でも、なん日かあとにケイがあそびにこれなかったとき、ユウは花のさいてるいつものはらっぱにいきたがった。ボクはいやだったけど、ユウがひとりでどんどんあるいていっちゃったからしょうがなくついてったんだ。ケイがけがしてから一か月くらいたってたけど、その花はまえよりもきれいにさいてたんだ。なんかよくわからないけど、ほんとうに、まえよりもきれいにみえたんだ。ユウはやっぱりその花にさわろうとした。ボクは「やめろよ」っていった。そしたらユウは「なんだよー、おまえもこの花ほしいんだろー」っていじわるそうにいった。ユウがけがするのはしんぱいだったけど、ほんとうはユウにその花をもっていかれたくなかったんだとおもう。だけど、ボクがそうおもってるのをばれるのがいやで、「ちがうよ」っていった。そしたらユウは「じゃあおれがもってかえる」っていったから「じゃあそうしたら!」ってふてくされていった。ふん、ユウなんてけがしちゃえばいいんだっておもった。そして、ユウもくきのまん中あたりをおろうとしてとげがささっちゃった。ユウはつよいからなかなかったけど、ケイとおんなじようにゆびがまっかにはれてた。ちゅういしてあげればよかったとおもった。

 

それからはケイもユウもそのはらっぱにいかなかった。ちょっととおいいけど、ほかのあきちとかこうえんとかにいってあそんでた。でもボクはまい日こっそりそのはらっぱにいってたんだ。ケイとユウとあそぶまえとあそんだあとに一かいずついってたんだ。ほかのだれかがもってっちゃうんじゃないかってふあんだったから。花はあいかわらず白くて小さかったけれど、みるたびみるたびにどんどんきれいにみえた。だいだい色の夕やけよりもきれいだった。ボクはもうがまんできなくなって、ケイとユウにうそをついてあそぶのをことわって、ひとりでこっそり花をもってかえることにしたんだ。

 

ボクはけがをしたくなかったから、よーく花をかんさつした。くきのまん中くらいにはとげがあって、そのとげがケイとユウをさした。上のほう(花のほう)にはとげはなかったけど、花のところだけもってかえってもかざることができないとおもった。ねもとのほうをみると、とげはあったけど、まん中よりもすごく小さかったから、上ぎをぬいで手にまいて、ねっこからぬいちゃおうことにしたんだ。おきにいりのピンク色のセーターを手にまいて、ぎゅっぎゅって引っぱった。でも、いくら引っぱってもぬけなかった。一じかんくらいがんばったけどだめだった。その日はつかれちゃったからかえったんだ。

 

ねるまえにどうしようかかんがえてたらいいかんがえがうかんだ。つぎの日、シャベルをもってはらっぱにでかけた。もちろん、ケイにもユウにもないしょで。ケイもユウもあやしがってたけど、しんせきのおうちのおてつだいってうそついた。ケイもユウもぶつぶついいながらとおくのあきちのほうにいっちゃったから、ボクはいそいではらっぱに走った。花はきのうよりもきれいにさいてた。あか色とだいだい色の夕やけよりもきれいだった。はやくもってかえりたくって、いそいでねもとからじめんを掘った。じめんはとってもかたくてほりにくかったけど、ボクはもっとがんばったからすこしずつほれた。三十分くらいほってから、あんまりすきじゃないこん色のトレーナーを手にまいて引っぱった。でもぬけなかった。だからもっともっとたくさんたくさんほった。でもぬけなかった。だからもっともっともっとほった。そしたらうしろのほうで「あ〜やっぱり!」って声がした。ユウの声だった。ケイもいた。ボクはびっくりして、いそいで花をかくそうとしてくきのまん中へんをおもいっきりつかんじゃったんだ。みぎ手にはシャベルをもってたからひだり手でぎゅっと。ひだり手にすごいいたみがきた。「いたい!」ってさけびながらとっさに花をはなした。あんまりはれてなくてちもほとんどでなかった。でもとげがくきからぬけてぼくの手のひらにささってた。ボクはケイとユウをおいて、なきながらうちにはしってかえったんだ。

 

つぎの日にケイとユウがしんぱいしてボクんちにきてくれた。ボクの手はそんなにいたくなくなってたから、三人ではなしあって、さいごにあの花をみにいって、それでもうはらっぱにいくのはやめようってことになった。はらっぱにいくと中、たくさん花のはなしをした。ケイは「あの花があんなにきれいなのは、ぬこうとする人たちからちをすいとるためだ」っていった。ユウは「ぬかれたくないからとげがあるんだ」っていった。ボクは「あの花はぼくたちじゃあぬけないとくべつな花なんだ」っていった。その日はとってもいいてんきで、ふゆだったけどぽかぽかしてきもちいい日だった。でも、はらっぱについたら花がなかったんだ。いくらさがしてもなかったんだ。ボクがわすれてったはずのシャベルもなかった。色のない夕やけがはらっぱにかげをおとしていて、ちゃ色の土の上に、げんきのないうすいきみどり色のくさがはえてるだけだった。

 

  

 

あれからもう五年たつけど、とげはまだボクの左手にささっています。痛みはまったくないけれど、皮ふの内がわに入りこんじゃってるんだ。ボクはいつでもそのとげの存在を感じています。同時に、今でもあの花を思い浮かべることができます。白くて小さくて、雨上がりの赤と橙と紫色の夕焼けにかがやいていて、夏から冬まで、より美しくなっていったあの姿を。結局ボクらには触れることが出来なかったあの気高さを。そして、花のないあの原っぱのさみしさを。

……ボクらはまだ探しています。あの花はもうないかもしれないけど、あの花と同じような白くて小さい花を探しています。だから見かけたら教えてください。でも抜こうとしないで。とげがささると本当に痛いから。できるだけこっそりと教えてください。みんなには秘密で。ボクの花びんはまだ空っぽだから。