――――カッカッカッカッカッカッカッカッ。

 青白く光る蛍光灯が照らす暗い廊下を、紺色のセーラー服の少女が足早に進む。髪はショート。右手には、鞘に収められた大振りの太刀()が握られている。

 少女は所長室と印字された札をかけられたドアの前まで来ると、ノックをせずにドアを開けた。廊下よりも照明が明るいので少女の顔が露わになった。無表情の顔。その左目の下には泣き黒子がある。

 広々とした部屋の左側の壁には複数のモニターがあり、それらをにやにや笑いを浮かべた細身の男が眺めている。白衣についている名札には、徳田(とくだ)、とあった。

 ドアを開けた音で察したのだろう、男は少女を見ずに口を開いた。

「ご足労かけてもらって悪いね、みっちゃん。駆けつけ一杯、何か飲むかい?」

「状況は?」

 徳田の軽口に答えず、無表情に問う少女。

「相変わらず無愛想だね、異性にもてないよ。ま、同性になら、きゃあきゃあ言われるだろうけど」

「状況は?」

……とりあえず、その場に居合わせた職員ごと処置室に閉じ込めてある。職員は既に全滅。最後の映像じゃ、五感が過敏状態で、動くものだけじゃなく、照明やモニターといった音や光を発するものにまで攻撃を加えていたね。まるでケダモノだよ」

「獣はそんなことはしない」

「ま、そうだね。ケダモノより酷い、と言った方が相応し」

 言い終える前に、喉を鞘で押さえ込まれた。

……気を悪くしたかな。謝る」

 にやにや笑いを浮かべたまま、徳田は言った。

「他に言うことは」

「五感もそうだが、とにかくウイルスが変な具合に反応して、力量や治癒能力は通常の白百合よりも勝っている、と考えていい。だが大脳皮質()が死んじまって、人間的感情や判断能力はゼロに近いと思う」

 喉から鞘が離れる。徳田が振り返ると、ドアが閉まる音がした。

 

 少女は処置室の前に立った。さっきから扉を激しく叩く音がする。少女の足音に反応したのだろう。

「みっちゃーん」

 天井のスピーカーから徳田の声がする。

「軽々しく呼ばないで」

北海(きたみ) 道子(みちこ)でみっちゃん。いいじゃない。なんだったら俺のことを、皆が呼ぶように徳田(とくだ) 松人(まつひと)をもじってドクター・マッドって呼んでも」

「呼ばない。さっさと扉を開けなさい」

「はいはい」

 重々しい音がして扉が開き始めた。光に眩んだのか、短い悲鳴がした。扉が人間が出入りできるくらいまで開くと、道子はボールのようなもの()を二つ、中に放り込む。数秒後、大きな破裂音がすると何かが凄い勢いで飛び出た。そこを狙って彼女が太刀を斜め下に一気に振り下ろすと、背後の壁に四つの塊が叩きつけられた。

 

 一つは血の塊、一つは下半身、一つは左腕、一つは上半身だった。

 

 切断されてはいくら治癒能力が高くても、欠損部を復元することはできない。高い身体能力ゆえに即死することができずにもがき苦しむソレは、血にまみれた道子とほぼ同年代の、裸の少女だった。表情も顔色も変えず、道子は慣れた手つきで首を切り落とす()

「お疲れ様。こっちで何か飲むかい?」

 徳田の軽口がスピーカーから流れた()

「結構。洗浄室に行ったら部屋に戻る」

 無表情に言葉を返す道子。

「あっそ」

 血まみれの太刀を懐から取り出した布で拭って鞘に収めると、道子は足早にその場を去っていった。

 

 北海(きたみ) 道子(みちこ)

 

 壊れた同類を屠ることを任務とするその理由を、彼女は未だ語らない。

 

 

 

 

 

※1……「斬る」他に、突く、払う、打つ、投げる、等の攻撃ができる、用途が広い刀剣の一種。

 

※2……ヒトの脳は三層に分かれており、上から順に、大脳皮質、辺縁系、間脳となっていて、それぞれ人類、哺乳類、爬虫類の特質を持っている。大脳皮質が弱ると辺縁系と間脳の働きが活発になり、ヒトは理性ではなく本能や欲望で行動するようになる。

 

※3……暴徒鎮圧用手榴弾。殺傷能力はなく、爆音と発煙により相手を燻り出すために使用した。

 

※4……生半可な攻撃ではすぐに回復してしまうため、強化された対象を殺す場合、強烈に破壊力がある攻撃か、同じ強化された者による攻撃で、脳か心臓を破壊するか、首を斬りおとすか、回復が及ばないほどの火力で燃やし尽くすしかない。

 

※5……常識も持ち合わせている上で、多少常軌を逸しているような者でなければ、ここの所長は務まらないであろう。