「新兵器?」

「はい」

 直射日光を遮るテントの中。二人の女性が向かい合って話をしている。一人は褐色のセーラー服で身を包んだ筋骨隆々の大女。もう一人は対照的に、黄色のセーラー服で身を包んだ眼鏡をかけた小柄な少女である。

「試作機で、アイアンストーム、ミンサー、コンサマー、()などと呼ばれ、決まった呼称はありません。これが最近撮影することができた写真です」

 写真には、複数の大きな木箱が写っていた。

……木箱だな」

「木箱です」

「つまり、試作機そのものの詳細は全く不明、ということか」

黄苑(きおん)と言えど、万能ではありませんので」

「で、えーと……」

盛岡(もりおか) 岩音(いわね)です」

「ああ、そうだった。岩音ちゃん、上は何て?」

 ちゃん付けされたことに怒ることなく、岩音は答えた。

椿(つばき)は試作機が搬入された敵陣地を正面から襲撃、占領。陽動も兼ねるので派手に行動して良し。詳細は加護(かご) 志摩子(しまこ)、部隊長であるあなたに一任するそうです」

「へええ」

 そこで志摩子は、にいい、と笑みを浮かべた。

「いいのかい、一任しちゃって。派手にやりすぎちゃうかもしれないぜ?」

「同時進行の作戦として、黄苑の一斑が椿の襲撃による混乱に乗じて陣地内に侵入、椿が陣地内に突入する前に試作機とその資料を奪取する予定です。奪取した痕跡が残らないように、派手にやりすぎてください」

 岩音は冷静に答えた。

「なるほどなるほど」

 志摩子はくっくっ、と笑って、ぱんっ、と手を叩く。

「派手にやれ、ってのはいいね。凄くいい。素晴らしくいい。実に椿向きだ」

「それで、作戦の開始時間は?」

 テントの奥から質問が来た。同化していたテントの影から現れたのは、これまた美少女だった。漆黒のセーラー服で身を包み、黒く長い髪を優雅に流している。

「いたんですか、秋田(あきた) (こう)さん」

驚きを無表情で隠す岩音。

「ずっと、ね」

 鴻はにこり、と笑って近づいた。

 さすが(くろ)(ひめ)ですね、と岩音は無表情で言った。

「質問への答えですが、椿の動きを最大限活かすために、これも志摩子さんに一任するそうです」

「あっそ」

 そう呟くと志摩子は、ぱんっ、と手を叩いて立ち上がった。

「なら、遠慮なくそうさせてもらおう。基本、相手の隙を突く時間帯は夜間だが、椿に相応しい時間――」

 

 日の出と共に作戦開始だ、と言って志摩子は、にいいっ、と鬼のごとき笑みを浮かべた。()

 

「んっ……」

 物陰で、何やら大きな塊が動いている。

「んん……はぁ……んっ」

 塊は、二人の少女が絡み合っているものだった。一人がもう一人の胸を服の上から揉みしだきながら、口内を貪っている。時折見える双方の舌の絡みは、唾液の演出効果で蛞蝓の交尾のように艶やかだ。

 やがて、もう片方の手がスカートの中に入ろうとしたとき、タイマーが振動した。常人には微弱な振動でも、強化された者にとってその振動は、目覚まし時計のアラームのようなものだ。

 が、しかし。

「ちょ……姉様……じか……んんっ」

 攻めている方は構うことなく、もう一方を攻め続ける。執拗に口内を攻めながらスカートに伸ばしかけた手を、攻めている少女の両手を拘束することに使う。受身の少女は彼女を押し退けようとして、その後方に立った者を見て目を丸くした。その反応を瞬時に感じ取り、攻めている少女は後ろをゆっくりと振り向いた。

 

 秋田鴻が、ゆらり、と立っていた。

 

 しばしの沈黙。そして、攻めを再開しようとした少女の後頭部に、鴻は蹴りを入れた。勢いで少女は顔面を壁にしたたかに打ちつける。拘束を解かれた方は急いで衣服を正すと、一礼して集合場所に向かった。

 いきなり蹴るなよ、と少女は垂らした鼻血をそのままにして言った。

「余計な心配をさせるからですよ、宮崎(みやざき)さん。時間になっても来ないので、発作()を起こしているのかと心配して探してみれば、こんな時にこんな所で乳繰り合って」

 これ見よがしな溜息をつく鴻。

「あっれー、もしかして嫉妬()いてくれてんのー?」

 にやにや笑いを浮かべた宮崎(みやざき) 日向(ひなた)の顔に、鴻はもう一度蹴りを入れた。

 顔に靴底の跡をつけた日向を引き摺って、集合場所に来た鴻をちらりとだけ目をやって確認した志摩子は、これで総員終結したね、と確認した。

「さて、まもなく日の出。これから我々は敵陣地へと突入し、そこを占領する。細かい指示はない、派手にやれ、とのお達しだ。

 我々椿は、いつ死んでもおかしくない死に損ないの集まり。だからといって、ただ死に無駄死には真っ平御免。死ぬなら必ず何かと引き換えだ。何かを奪い、蹂躙し、破壊して死ぬのだ。

 我々は緩やかな死ではなく、椿の花が落ちるように、一瞬の死を望む。だから我々は常に戦場にいる。死を望むのはいい。だが死にに行くな。死にに行って死ぬ者は無駄死にだ。愚かだ。最悪だ。死を望むと同時に生を望め。生還できたときの喜びを常に思い出せ。だから私は常にお前らに言う」

 

「生きて還って来い」

 

 そして、総員戦闘準備、と締め括った。各員が制服を正し、ヘルメットを被り、武装する。

「今回は何にするの?」

「私はロック。めちゃくちゃ激しいヤツ。あなたは?」

「テクノにしたわ。あの娘はクラシックにするみたい。いい曲が手に入ったんだって」

 そんな会話()をしながら、ある者は筋をほぐし、ある者は刃の具合を確認し、ある者は動作不良が起こらないように銃器の具合を確認し、準備ができた者からスタートラインに立った。

「黄苑からの報告では、敵は陣を築いてから間がない。地雷原などの罠を仕掛ける余裕はないはずだが、念のためだ。砲撃班、前へ。ロケット弾を右面、中面、左面それぞれに一発ずつ打ち込め()。着弾以外の爆発がなければ突入する」

 即座にランチャーを構えた三名が前面に出てロケット弾を発射した。三発のロケット弾は後部から火を噴きながら目標に向かい、しばらくして、着弾。ロケット弾以外の爆発はなかった。

「必要な者は音楽かけ、突入!」

 志摩子の号令で部隊は一斉に突入を始めた。常人の目には捉えきれない速度でたちまちの内に敵陣地へ近づいていく。やがて敵兵が出て応戦を始めた。だが敵が撃った弾丸はことごとく少女たちには当たらない。強化された感覚で弾丸の軌道がわかるからだ。運良く命中したとしても、同様に強化された治癒能力で彼女たちの足は止まらない。敵兵士たちは驚愕し、恐怖する。だが彼女たちはこれでも、大げさに蛇行を繰り返して時間を稼いでいるのだ。黄苑が作戦を遂行する時間を。中・遠距離用のライフルや機関銃を使用しないのもそのためだ。

 敵兵士の眼前に、筋骨隆々の大女が現れた。彼は慌てて照準を志摩子に合わせようとしたが、その前に銃身が彼女の左拳で砕かれた。直後、右拳で殴られて彼の頭部は破裂した。地面に落とした西瓜のように。一連の行為が一瞬にして行われ、目の前の現実に対処できずに固まった、その場にいた兵士たちに向けて、志摩子は腰から素早く抜いた1911A1()を撃つ。弾丸は正確に彼らの脳幹()を破壊し、残りの人生を抹消した。

「おっそいよー♪」

 飛んでくる弾丸をひらひらと避けながら、女の子が近づいてくる。彼は、畜生、と、何でだ、を繰り返し叫びながらM16A2()を撃ち続ける。ライフルの弾丸を避けながら一秒ごとに少女が自分に近づいてくる、という冗談のような悪夢のような事実。突然、少女の姿が掻き消えた。突然の事に固まる兵士。たっ、という着地音が後方で聞こえた、と彼が認識したときには、彼の首は切断されていた。

 バイバイ、と言って糸()についた血を拭うと、日向は次の獲物に向かった。

 やがて志摩子班が陣地内に入る。いくつかの班もそれに続いた。いくつか設置されたテントのうち、一際大きいテントに侵入する。中は血の海で、五人の人間が泳いでいた。兵士が四人、上司と見られる男が一人。おそらく黄苑の仕業だろう。そしてテントの奥。軍用トラックの荷台に、どん、と構えていたのが。

…………なんだこりゃ」

 一見、ただの鉄製の立方体だった。足場には強固な三脚、後部にはモニターと発射装置、前部にはたくさんの銃口がある。志摩子には、とても実用的な兵器とは思えなかった。

 

……このウェポン・システムは、電気信号による発射を用いることにより、複数の銃口からの同時発射、更に毎分百万発という驚異的な連射速度を可能としています。これに撃たれれば、白百合と言えど、瞬く間に原形を留めず、粉々になります」(10)

「その名のとおり、人間挽肉機、か」

 老人は老眼鏡をはずすと、溜息をついた。

「実戦に配備される前に奪取することができて良かった。これで早急に対策を立てることができる」

「次に、これは電子制御であるためにコンピュータ機器との相性がよく……」

 

 鴻の足元には、名も知らぬ椿の死体があった。今作戦では唯一の戦死者である。

 鴻は懐から金属製の筒を取り出すと、中身を死体に満遍なくかけて、火をつけた(11)。死体は勢いよく燃え上がる。鴻は眉一つ動かさず、死体が燃え尽きたことを見届けると、宿営地へ戻っていった――。

 

 

 

 

 

※1……それぞれ「鉄の嵐」「挽肉機」「消失させるもの」の意。

 

※2……どんな生活でも「区切り」という間がある。そのため、攻撃される側にとって区切りの時間帯は最も虚を突かれ易い。日の出が椿に相応しい、と言ったのは、残りの人生が僅かなので、せめて日の当たるところで死にたい、という椿全体の願望を熟知しているから。

 

※3……正気を失い暴走すること、または暴走しようとする心身を押さえようと懸命にもがくこと。

 

※4……作戦中、戦意を向上させるために音楽を聴きながらの戦闘が奨励されている。ヘルメットには再生機器とスピーカーが内蔵されており、使用時には音楽データが収められた記録媒体を挿入して再生する。ちなみにどんな記録媒体にも耐用年数はあるが、定期的に新たに作られた媒体に複製することを繰り返すことで、理論上現代の作品を未来で視聴することは不可能ではない。

 

※5……本来であれば車載のミサイルを使用するだろうが、この場合、地雷の有無を確認するために敵陣地目前の地面を狙うため、誘導する必要がないロケット弾を使用することにした、とする。

 

※6……USモデル1911A1ピストル。アメリカ製のピストル。ストッピング・パワー(相手の行動を止める力)に優れた設計をされている。

 

※7……確実に相手を死に至らしめるつもりならば、一番有効なのは胸部や頭部、ではなく、顔面への攻撃である。特に目や鼻の奥には人間の活動を司る脳幹があるために、目や鼻を狙ってのピンポイント攻撃は非常に効果的だ。だが有効範囲がとても狭いため、このピンポイント攻撃は強化された白百合ならでは、といってもいい。

 

※8……USモデルM16A2アサルト・ライフル。アメリカ製のライフル。連射速度は毎分700〜950発。

 

※9……鋼糸(スティールストリング)。強く引くことで巻きつけた部分を切断する武器。力が強い白百合と相性がいいが、素手では自分の手も傷ついてしまうので、専用のグローブをはめる必要がある。

 

※10……このゲテモノ機関銃は試作段階だが、実在する。動画サイトにも発射の模様を撮影した動画があった(現在もあるかどうかは不明)。

 

※11……死体にかけたのは酸化鉄、アルミニウムなど金属粒の混合物。これに火をつけるとテルミット反応と呼ばれる高熱が起きて、死体は骨も残らない。白百合の遺体を抹消することは、黒姫の任務の一つである。