小さい頃の夢を見た――。
Fate/Stay Night
If Act 1
1/31 Side:Rin Tosaka
わたしの頭を撫でている…と言うより、ぐりぐりと押さえつけている男の人がいた。
この人はわたしの父親で、わたしが尊敬する人だった。
普段、この人はわたしを撫でてくれる事なんてない。
いや、もしかしたらこれが初めてだったのかもしれない。
彼はわたしに次々にこーしろあーしろと言い出す。
普段は必要な事以外、喋らない人だから。
その様がとても不思議でたまらなかった。
でも、この時気づいてしまっていたのだ――。
きっと、次の日になったらこの人にはもう二度と会えないのだ、と――。
確かに悲しくなかったと言えば嘘になる。
だけど、未練たらたらの想いは全然なくて――。
ただ、わたしは一心に彼の旅立ちを応援していた。
彼は魔術師として誇れる事をしに行くのだから――。
聖杯戦争と言うものが、魔術師の世界にはある。
聖杯と言うのは、まぁ、魔術師にとっては一つの願望器のようなものだ。
漫画で言えば、不思議な玉を七つ集めるとなんでも願いを叶えてくれる龍ってところだ。
だけど、この場合は一つのものを手にするだけで、自分の願いが叶う――。
でもやっぱり、競争率ってのは低いわけじゃない。
確かにソレ相応の資格ってのはいるけれど、広い世界を見渡せば、資格を持ってるヤツだけでも何人いるかわかったもんじゃない。
そして、父の代の聖杯戦争が開かれた――。
もちろん、父は資格も実力も申し分なかった。
そう、決して手にするのが夢ではなかった――。
お互い拮抗した者たちの戦いなんだ。
だから、手にする確立は平等だ。
人を殺す時に用いるモノだって――。
聖杯戦争はたった七人で行う戦争だ。
七人で戦争だなんて、普通の人から見れば喧嘩程度のものにしか見えないだろう。
けれど、彼らは魔術師であって、普通ではない。
普通でなければ、戦い方も普通じゃない。
そして結局、父は戦争から帰ってはこなかった。
結果を言えば、負けたって事だ――。
だから、今度の聖杯戦争はわたしが勝とうと決意した。
わたしだって魔術師の端くれであるのだから――。
それに、なんでも一番にならないといけない、と思うような性分だ。
そんなの当たり前にこんな決意が生まれてしまう。
そして、それから十年が経った――。
「ん…なによ」
じりりじりりと頭の中かをガンガンと叩くような音をさせる物があった。
わたしは無理矢理それに起こされて、不快にその音を止ませるために必死に手を伸ばす。
だけど、寝ぼけているのか、なかなかその物に触れることすら叶わない。
意志を持たぬ物だと言うのになんていう生意気さだ――。
「昨日は徹夜してたんだから、もう少し寝させてくれてもいいでしょう――」
昨日は、父の遺言を解読したりしていてあまり寝ていない。
それでやっと解読できて、遺品を入手して力尽きてしまったのだ。
「あと五分…。今日は、目覚ましを三十分ズラしたんだから、まだ寝れ――」
ズラしたってどっちにだっただろう?
遅くまで起きていて、前にズラすなんて事はわたしだったらしない。
なら三十分後にズラしたはずだ。
――と、言う事ならいつもの習慣で三十分の貯金とやらをもう全て使い果たしたと言う事だ。
「む――」
遅刻は駄目だ。
わたしの中にある、意地と言う物に火がついた。
無理矢理わたしの頭を覚醒させて、目覚まし時計をパンっと叩いた。
「ふぅ…」
小さく溜息を吐いて、むくりと起き上がった。
本当にわたしと言う人間は朝が弱いようだ。
手早く着替えて、次に洗面所に向かった。
少し寝癖のついた髪の毛をクシで梳いて、顔を洗う。
まだ終わりそうにない冬のおかげで、水はとても冷たかった。
眠気も一緒に流してくれた事に関しては感謝をしよう。
それにしても自分で言うのもなんだけど、こんな大きな洋館に一人で住むのはいかがなものだろうか?
この時期になると、ほんの少しだけど一人って空しいと思ってしまうときがある。
まぁ、望んで一人で生活しているのだから、文句なんてない。
けれど、誰かが起きていてくれると助かったりする。
やっぱり、冬は寒くて暖房をつけてもなかなか暖かくならない。
暖かくなったと思ったら、もう登校する時間になっていたりするのだから。
「なんだ、割と余裕じゃない」
柱時計を見ると、まだ大して急ぐような時間にはなってなかった。
これなら走らなくてもすみそうだ。
まぁ、走って登校するような無様な姿は晒そうとは思ってはいないけれど。
そして簡単に朝食を済ませて、学校へと向かう――。
外の空気は澄んでいて、なにより寒かった――。
さらに人っ子一人いないのはいかがなものだろう?
七時半と言う時間帯は、いろんな生徒が登校する時間帯だと思っていたのだが――。
もしかして、みんな寒くて布団から出られないとか、そんな物なのだろうか?
まぁ、きっとこんな日もあるだろう。
わたしは学校に向けて歩き出した――。
そう言えば、昨日見つけた父の遺品を思い出す。
なかなか年代ものの宝石がついているネックレス――。
きっと、今うちにある中じゃあ一番価値のある物だろう。
遠坂は魔力の流動を操るのが得意な家系だ。
暇な時や、余分な魔力がある時は宝石と言う器に移す作業をしている。
簡単に言えばソレは銃弾のようなものだ。
わたしが銃で宝石が銃弾――。
まぁ、元々わたしは光物が好きなので、宝石の良し悪しには目ざとい。
なので、この力は割かし自分に合っていると思う。
「む――」
だけど、それにしてもおかしい。
坂をおりて、ついには学校の門の近くにまで来たと言うのに人の姿をみない。
わずかに声が聞こえるのは、おそらく運動部の人間の物だろう。
――と、言う事は――。
「お、遠坂じゃないか。今日はいつにもまして一段と早いな」
丁度よい所に知り合いを見つけた。
彼女は制服姿で腕組みをして、わたしに笑いかけてきた。
彼女の名前は美綴 綾子と言って、多分、わたしの親友とも呼べる存在だ。
「――おはようございます、美綴さん。つかぬ事をお聞きしますが今何時ですか?」
「はぁ?何時ってまだ七時にもなってないぞ」
綾子はわたしが朝弱い事を知ってる数少ない人物だ。
きっと今もわたしが本調子でない事に気づいていると思う。
「…どうやら、わたしの家にある時計全てが一時間早く進んでたみたいね」
「あー、そりゃーおつかれさま」
「人事のように言わないでください」
「人事だろ?…ま、茶くらいならご馳走するよ」
そう言って綾子は弓道場へ招く。
綾子はもう武道全般できる、とんでもない人物なのだ。
弓道を選んだ訳は、まだ精通していない武道の一つだったから、だそうだ。
彼女の頭の中では、良い女は強くなくちゃいけない、らしい。
まぁ、そんな彼女だから、現在は弓道も部内ではトップクラスで主将もつとめている。
わたしにしては、よくやるわね――って感じかしら。
確かに強い女と言うのには、憧れるけれど、少しは弱味を見せないと男なんて寄り付かないんじゃないだろうか?
そう思いながら、段々と弓道場へと近づいてくる。
やっぱり、ここの弓道場は立派だ。
学園長の趣味なのか、割かしこの部活は優遇されている。
もちろん、それなりの成績は残しているから当たり前か。
弓道場の中に入る。
掃除も行き届いている。
その所為か、全然くたびれた様子も見られない。
あー、きっとアイツらが仲良く掃除でもしているんだろう。
「まぁ、今日は災難だったね」
「笑いながらそう言わないで欲しいわ」
彼女はそう言って楽しそうに笑いながら、お茶をわたしの前に置いた。
むろん、こっちは全然楽しくない。
「――で、所でどうよ?」
「なによ、藪から棒に?」
弓道場は朝日が差し込んできて、とても眩しい。。
そこには綾子以外誰もいなくて、綾子自身も練習しているわけじゃないので、ほんとうに静かだ。
「んー、お互い羨ましがられるようなパートナーってのをつくるって賭けをしたじゃない」
「ああ、それの事…」
「それでだ、遠坂の方はどうなのかと思ってさ」
また先程の笑みをわたしに見せた。
いや、先程とは違って少し好奇心を含んでいるか。
「別に、こういうの焦って探すようなものじゃないでしょう?」
「まぁ、そうだけど。期日ってのは刻一刻と迫って来るんだぞ」
「そうだけど…」
「でだ、遠坂の方はどうなんだ?」
「――別に、わたしはまだよ」
「へぇ、素直じゃないか」
「別に嘘を言っても仕方ないじゃない。それで、美綴さんの方はどうなのかしら?」
今度はわたしが綾子に問いかけた。
綾子は少し面白くない顔をする。
「あたし?あたしは…まぁ、そこら辺のでいいのなら用意できない事もないけど、やっぱ遠坂に羨ましがられるとなるとハードルが高い」
「そういう物?」
「そうだ、あたしは遠坂の悔しがる顔を見たいんだからな」
わたしと綾子が出会って、どのくらい経つだろう?
少なくとも一年は経っているはずだ。
目が合って、何か電気が走ったって言うか、気が合うなと思ったのは確かだ。
それでいつの間にか、変な賭け事を始めてしまったのだ。
――お互い、三年生になるまでに素敵な彼をつくろう――
「ところで、部活の方はどう?」
「部活?まぁまぁかな。一組の甘々カップルを除けば平和だよ」
「ああ――」
綾子は少し嫌な顔をしながら言った。
やはり独り身でカップルの傍にいるのは耐えれないと言う事だろう。
「別にベタベタしてるわけじゃないんでしょう?」
「ベタベタしていた方が注意できるからいいんだよ。なのにアイツらは一年経ってるのに付き合ったばっかりみたいに初々しくて――」
まぁ、確かに初々しいカップルの雰囲気と言うのはたまったものじゃない。
わたしも想像してみて少しゲンナリする。
それが、顔やルックスが普通以下なら許されるだろうけれど、お互いそれなりの容姿をしている。
それなのに、少女漫画みたいなイライラする付き合い方をされたら――。
思わず身震いをしてしまった。
「まぁ、頑張ってね。主将さん」
「ふんっ。あたしより射が立派なヤツは少なくとも二人はいるよ」
綾子はそう言って、少し不満そうな顔をした。
どうも、あたしはお飾りですよ、と言いたいらしい。
「それでも、部内で上級者なんでしょう?」
「それはそうだけど…」
「なら、構わないじゃない。それに、主将ってのは人格者がなるものだとわたしは思うわよ」
「むぅ――お、噂をすれば影…か」
綾子はそう言って、弓道場の入り口の方を見つめた。
わたしもそれに習って、そちらの方を見つめる。
「おはようございます、美綴先輩、遠坂先輩」
「おはよ。今日は一人か?」
「はい。今日は柳洞先輩の手伝いをするそうです」
「へぇ。アイツも物好きだねぇ」
女の子が入ってきた。
彼女こそが、わたしがちょくちょくここに来る目的の一つでもある。
まぁ、彼女はなにも知らないだろうけれど――。
「桜、おはよう。それじゃあ、わたしは教室に行くから、先に失礼するわね」
「あ、はい。おつかれさまでした、遠坂先輩」
桜は小さく頭を下げてそう言った。
本当に、彼女は変わらない。
わたしは一度も振り向きもせず、弓道場を出た。
「あれ、遠坂じゃないか」
「――間桐くんか、今日は早いじゃない」
今日は割と色んな人に会っている。
目の前にいるのは、間桐 慎二と言って同学年の中じゃアイドルと言われて騒がれている。
人懐こそうな性格、笑顔、ルックスが人気を集めてる、らしい。
わたしはあまり彼の事を知らないから、周りの評価を参考にするしかない。
「へぇ、珍しいな。遠坂は弓道に興味があるのかい?」
「別に。今日はたまたま早起きしただけです」
「そうなのかい。それで、練習見てかないのかい?遠坂なら大歓迎だよ」
彼はそう言って、にこやかに笑う。
「いえ、今日は教室に行ってやらなきゃいけない事がありますから」
「ふーん。まぁ、気が向いたら来てくれよ。主将の僕が歓迎するんだからさ」
「あら…間桐くんは言動には気をつけた方がいいわよ。それと、一つ訂正するコトがあるわ」
「…なにをだい?」
「コウフクのフク。字は違うけれど発音は一緒でしょ」
「――そうかい、まぁ、気をつけておくよ」
彼はそう言って、弓道場の中に入っていった。
それじゃあ、わたしも教室に行こう。
別にする事がないけれど、少しぐらいなら居眠りができるだろう――。
それにしても、二年生って学年はなんとも中途半端だ。
先輩もいるし、後輩もいる。
一番威張れるのは三年生だけれど、世話もちゃんとしないといけないの難だ。
そうなると、中途半端なこの位置が、割かし良いかもしれない。
わたしはあまり目立つような生き方をしたくない。
ただ、運動や学業は一位をとり続けていたい。
そのおかげで、目立つのは当たり前なのだけれど、これはわたしの意地なのである。
「げ、遠坂…」
階段を昇り終えて、廊下を歩いていると、一人の男子生徒を見つけた。
少し目つきのキツくて、見るからに堅物なヤツだ。
まぁ、それもそのはず、この学校の生徒会長なのだから。
「あら、いきなり出会い頭にそれはないんじゃないでしょうか、柳洞くん?」
「ふん。別にオマエでなければ先程のみっともない声なんてあげんかったわ」
「へぇ…」
「まったく、こんな朝っぱらからオマエのような女狐と出会うとは」
「あら、朝から随分な言葉ね」
「朝だからだ」
そう言って、柳洞くんはわたしから視線を逸らした。
どうも彼はわたしの事を天敵として見ている節がある。
まぁ、原因はわからない訳じゃないけど、あえて言わない。
言ったらまた、ややこしい事になるだろうし。
「一成、修理終わったぞ」
「うむ、ご苦労だった」
「別にいい。それで、他に直さないといけないとこあるのか?」
「ある。視聴覚室の暖房器具がこの度、天寿をまっとうされたようだ」
「あのな、天寿をまっとうしたら、直せないだろう」
「俺から見ればまっとうしただけであって、衛宮から見れば仮病かもしれん。だから、一度看てやってくれないか?」
「ああ。別に構わないぞ」
そう言って、傍の教室から出てきた男子生徒と柳洞くんは視聴覚室の方に行ってしまった。
途中から、わたし無視されてないかしら?
「朝早いんだな、遠坂」
去り際にその男子生徒はそう言って立ち去っていった。
…一応、朝の挨拶と言う所なのだろうか?
まぁ、こんな感じでわたしの一日は始まった。
多分、この日が遠坂 凛にとって普通で平凡な日々の最後の日なんだと思う。
To be continued...
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