二度目の人生の始まりは、白い部屋からだった――。



Fate/Stay Night
IF Act 2
1/31 Side:Shirou Emiya


見た事のない天井、見た事のないベッド――。

全てが真っ白だった。

その時、自分の身体はあちこちが痛くて、まともに動けるような状態じゃなかった。
寝返りをうつ力さえない。
本当に赤ん坊に戻ったような感じがした――。

時間が経つにつれて少し思い出してくる事もあった。

訳のわからない大厄災のようなものに自分が巻き込まれたのを――。
そして、自分だけが助かったのだと――。

あ、いや…でも自分は誰かを助けたような気がした。

それは、とても弱くて、まるで簡単に枯れてしまうような女の子を――。
その子が唯一、自分が助けれたモノだった。
だから、自分は彼女しか助けれなかったのだから――。

彼女だけは守り通したいんだ――。



二度目の生を受けて数日後、俺はある人物に出会った。
とても胡散臭くて、だけど、何処か信頼できるような人だった。


『こんにちは、士郎くん』

『…誰?』

『僕?僕は…そうだな。僕は、魔法使いだよ』


一瞬、唖然としてしまった。
そんな事を言うのは、俗に言うマジシャンとか、本当に頭のおかしくなった人しかいないと思ったから。
けれど、思わずすんなり信じてしまった自分がいた――。

よく見れば背広はしわくちゃで、頭はボサボサ…。
今となっては、よくこんなおじさんの話を聞いていたと思う。


『これから知らないおじさんと暮らしていく気はあるかい?あの子と』


その人は、衛宮 切嗣と言っていた。
切嗣は俺の寝ているベッドじゃなくて、そのまた奥の方を指差した。
ここは、個室って訳じゃなくて、団体部屋だった。

けれど、自分とそのもう一つのベッドに寝ている子しかいなかった。

その子こそ、俺が助けた唯一の子なんだ。
俺はそっとその子の方を見た。
自分と目が合うと、その子はばっとシーツを頭まで被った。


『恥かしがり屋さんだねー』


切嗣は楽しそうに笑っていた。


『それで、どうするのかな?』

『俺は、あの子が一緒でもいいなら行く』

『ふーん。一目ぼれってヤツかい?おませさんだねー』

『ば――ち、違うぞ!』


別にそんな事じゃない。
ただ、俺は彼女を守りたかったのだ。
自分で守りきれたモノを手元に置いておきたいのは、俺だけなのだろうか?


『うん。それじゃあ、あの子にも聞いてくるよ。もし、あの子がOKならすぐ退院だ』


そう言った、切嗣は嬉しそうに笑いながら隣のベッドに向かった。












「…ぱい!…せ…!」


いつもの様に聞きなれた声――。
俺はいつもの様に起床する。


「……おはよ、桜」

「おはようございます、先輩」

「ん。……ったく、別に家じゃ先輩って呼ばなくてもいいんだぞ?」

「う、わかってますっ。でも、なんだか最近癖になっちゃったんです」


桜が少し顔を赤くしながらそう言った。
確かに、ここ一年の間、桜が俺の呼び方を変えた。
まぁ、別にこの呼び方も嫌いじゃないのだけれど、ほんの少し変わってしまった事が残念だったりする。


「まぁ、いいけど。朝食は?」

「あ、もうすぐ出来ます」

「む、早いな」

「ええ。朝は唯一先輩に勝てる時間なんですから」


桜はそう言って、嬉しそうに笑う。
そしてふと俺の方を見て、顔を赤くした。


「……士郎くん、おはようございます」


そう言った後、俺の唇になにかが触れるような感触がした。
呆然と桜の方を見ると、顔を真っ赤にしながら、軽く舌を出して笑っていた。


「そ、それじゃあ、早く服を着替えてくださいねっ。今、大河姉さんが来たら大変ですよっ」

「あ、ああ」


気恥ずかしくなったのか、桜は脱兎のように少し駆け足で俺の部屋から出てしまった。
思わず、唇に手をあてる。

…やっぱり、恥かしいか。


「まぁ、そんな事を言っていても仕方ない。藤ねえが来る前に着替えて、少し運動しておくか」


そう言って、俺は着替えて道場へと向かった。






俺が衛宮 士郎となってからもう十年になる。
まぁ、今までとにかく苦もなく、楽しくやっていけていると思う。
それも数年前に他界してしまった、もっとも尊敬すべき人のおかげなのだろう。

まぁ、癪ではあるけれど、俺の大半を構築しているのはソイツなのだ。
親父の夢を継いでいるのもそうだし、何故かわからないけれど料理の好みも似てしまった。
血は繋がってないけれど、親子になれたのだと、思えて嬉しいと思った頃もあった。
もちろん、今も顔に出すのは恥かしいけれど、きっとそうだと思う。


「1…2…3……」


いつものように、朝の鍛錬を始める。
親父が死んでから、ほとんど毎日やるようになった。

身体を鍛えるのは、割と面白い事だ。
何処をどうすれば、鍛えられるかもその時わかったりする。
そして、もし鍛えれたらどんな力をつけるのかも、だ。

まぁ、別に自分はナルシストでもないので、肉体美とやらには気にはかけていない。
あくまで、気持ち程度で、余分な筋肉はつけないようにはしている。


「70…71…72……」


今日は割かし調子が良いみたいだ。
苦もなく、腕立てと腹筋をノルマの回数まで到達した。
その後、軽くストレッチをしておく。

ふと、道場の端に転がっている竹刀を見つけた。

昔は親父と一緒にチャンバラごっこの様なものをした覚えがある。
お互いに腕があるわけじゃないので、下手にプロの真似をしているので、当たるととても痛かった。
親父は大人で、俺は子供だった時にだ――。
親父は子供っぽい所があったから、力の手加減と言う物が上手くきかず、よく俺の頭にタンコブをつくっていた。

それで、剣道部だったお節介な姉に二人して怒られていた。

まぁ、そんな事に反省する俺たちじゃないのだけど――。
一度、思いのほか良い一撃が俺の頭に入って、二、三時間意識が戻らない事があったけど。
だけど、それでも楽しいのだ。

むろん、その時も姉と、そして更に桜にこっ酷く叱られた。
桜の場合は、泣きながら怒ってきたから下手に反論はできなかったし――。
親父もその時は、物凄く沈んだ顔をしていたのが、とても面白かった。

まぁ、割と俺は無茶な事をする方だ。

桜とその姉には後先考えなしの鉄砲玉と一緒と言われたけれど――。
実を言うと、これには訳があるのだ。
桜にも言えない、大切な訳だ。


「よしっ、行くか」


ストレッチも終わり、道場から出た。
目指すは、居間。












「んじゃ、いただきます」


もう居間には、みんな揃っていた。
桜もそして、藤ねえも。

だけど、妙に彼女が静かなのが不気味だ。

滅多に読んでないだろう新聞まで広げて顔を隠している。
なにかを隠している事なんて簡単にわかるけれど、理由がさっぱりわからないので性質が悪い。
まぁきっと、昨日の夜見たスパイ映画のキャラに成りきっているのだろう。


「大河姉さん、食事中は新聞を読まない方がいいですよ」


女スパイはチラッと桜を見て、また新聞を読みふけった。
桜も半ば諦めているのか、呆れているのか、別段気も落とさず朝食を再開した。


「あ――悪い桜、醤油とってくれるか?」

「あ、はい」


それにしても、桜のつくる朝食はもはや忙しい朝につくれるような感じのものじゃない。
出汁巻き卵や焼き魚、漬物、味噌汁、更に今日はとろろ芋まで擂ってある。


「やっぱりとろろには醤油だよな」

「そうですね」


――と言うか、他になにか掛けられるのだろうか?
それにしても、今日の醤油はなんとなく匂いが違うような…。
まぁいいや、飯にかけて喰おう。


「ぶっ――」

「ど、どうしたんですか、先輩!?」

「――桜、これ…ソースだぞ」


甘酸っぱい…。
まさにソースだ…。
てか、とろろには絶対合わない。


「くくく、あははははーーーー!!!」


女スパイが大声で笑い出した。
まぁ、きっとこの人が犯人なんだろうとは思ってはいたが…。


「朝のうちにソースと醤油のラベルを貼りかえておく作戦なのだー!」

「アホか!そんな暇なコトすんな!」

「ふーんだっ。昨日、クラスのみんなと寄ってたかってお姉ちゃんをいじめた仕返しよ」


そう言って藤ねえは朝食を食べ始める。
食べると言うより、掃除機で吸い込むようなペースだ。


「ったく暇人。そんなに時間がないんじゃないか?」

「そーそー。だから、早く食べて学校についたらテストの採点しなきゃいけないのよ。――ん、ごちそうさま」


そう言って、藤ねえは立ち上がった。


「ご馳走様、桜ちゃん。今日も美味しかったよ。じゃあ、行ってくるけど、二人とも遅刻しないでよ」

「わかってるって」


そう言って、藤ねえは嵐のように去っていった。
残されたのは桜と俺だけ。
まぁ、元々三人で食事をとっていたので、当たり前か。


「悪かったな、桜」

「いえ。大河姉さんがあーなのは知ってますから」


桜は少し可笑しそうに笑っていた。
それにしても、このとろろ汁、もう食べれないな――。




「――ヤケに物騒だな」


ニュースを見ると、新都の方でガス爆発が起こったようだ。
それも近くに俺がバイトに行っている店もあるので、少し不安になった。

ガス爆発なんて滅多に聞かないようなニュースだから、思わず見入ってしまう。
どうやら、作為的なものがあるらしい。
そう考えると、多少なりとも俺たちが住んでいる所も都会になってきたのだろう――。


「うちも気をつけないとな」

「大丈夫ですよ。いつも出かける時には、ガスの元栓が閉まってるか二回チェックしますから」

「あー、いや、そういうワケじゃなくてだなぁ…」


なんとなく、桜の答えはズレていた。






「じゃあ、先輩行きましょう」


俺と桜は家を出る。
それにしても、普通の人間なら毎朝よくこんな時間に出ると思うだろう。
なにせ、七時ちょっと過ぎには学校に着いてしまうような時間に登校しているのだから。

まぁ、運動部ではあるので、別に普通ではあるけれど。
うちの部は朝は自主参加だから、割と人が集まるコトはなかったりする。


「ん、わかった」


玄関に鍵を掛けて、門の扉にも鍵をかけた。
やっぱり、自分の目から見ても立派な家だと思う。

本当に親父の趣味はわからない。
自分の力のルーツは西洋なのに、妙に日本贔屓な所がある。
何気に陰陽術などに関する書物を持っていたりするが、解読不能だったりするので、ただの骨董品扱いとなっている。


「今日は遅くなるんですか?」

「ああ。夜までバイトだ。だから、午後の部活には出られない」

「……そうですか」


桜は少し残念そうな顔をする。
一応、弓道部に身を置いてはいるのだが、なかなか部活に顔を出す回数が少ない。
半分、幽霊部員と化している。


「それじゃあ、わたしの方が先に家に戻ってますね。夕食の準備を先しておきますから」

「わるいな。本来なら俺の当番なんだけどな」

「いいんです。先輩は労働に汗を流していてください」

「ん」


そう言いながら、俺たちは学校を目指した。












「おはよう、一成。今日は早いな」

「おはようございます、柳洞先輩」


学校の校門辺りに着くと、そこには俺の親友で生徒会長の柳洞 一成がいた。
一成は柳洞寺と言う寺の息子で、まぁ、多少変わっている所がある。
時々、こんな早朝に登校したりするので、朝は顔を合わす回数は割と高い。

まぁ、それになにか頼まれごとでもあるのだろう。


「うむ、今日も早いな衛宮夫妻」

「ふ、夫妻って…」


一成の返事に、桜が少し赤くなる。
まぁ、俺は一成がからかいには少しは免疫がついたので、あまり動じない。


「ったく。それで、今日はなんだ?」

「うむ、いきなりで悪いが教室の暖房器具が危篤状態らしい。すまぬが看てやってくれないか?」

「別にいいけど…」


俺は少し渋った顔をした。
そっと桜の方を見ると、笑顔を見せて…。


「いいですよ。今日はわたしと美綴先輩と二人で部活やりますから」

「そっか、悪いな。明日はちゃんと顔出すからさ」

「はい。じゃあ、お昼にまた」


そう言って、桜は弓道場の方へ行ってしまった。


「それじゃあ、行くか」

「うむ」


うちの学校は何処の学校とも一緒で、平凡だ。
ただ、ほんの少し違うのは弓道場が割と立派、なくらいか。
もちろん、それなりの成績を残したおかげでもあるが、その予算は何処から出ているのかが気になるところだ。

他の部に迷惑を掛けてないと良いのだが――。

まぁ、うちの学園長は弓道贔屓をしている時点で、バランスをとるのにも苦労するだろう。


「それで、何処の教室なんだ?」

「2−Aだ」


一成は簡潔に返事をした。
少し嫌な顔をしているのは、天敵がそのクラスにいる所為だろう。
俺は少し苦笑しつつ、階段を昇った。












「それで、どうだ?」

「あー、ただ線が切れちゃってるだけだ。繋ぎなおしたら今年いっぱいまで持つと思うぞ」


かなり年代物のストーブを弄りながらそう言う。
割と機械弄りは嫌いじゃない。
いや、むしろ好きな方だろう。


「――っと、ちょっと外に出ていてくれるか?」

「ああ。正念場と言う部分なんだな。気を散らせては悪いから、構わん」

「すまない。十分も掛からないだろうから」


まぁ、正念場と言えば正念場だけど、普通なら隣に誰かいても構わない。
だが、俺のするコトは普通のコトじゃないのだ。


「――同調(トレース)開始(オン)」


世界が静かになる。
まるで、その世界に自分一人しかいないような感じがする。
これは自分が生み出した、張り詰めた糸の中の意識。
自分がなにかの道具になるような感じ――。


「――やっぱり、回線が切れてる」


ストーブの構造を解析して、何処が悪いかを探す。
そして、その悪いところを修理する。
まぁ、簡単に言えばそんな所なのだ、俺の機械弄りの腕は。

きっと、親父には笑われるだろう。

魔術師とは、こんな手間の掛かる方法をとらないから。
構造を調べて直す、ではなく大まかな形さえわかれば、それ全体にかけて正しい形に戻すのが魔術師だ。
まぁ、器用と言えば聞こえはいいけど、やはり俺の方法は手間なのだ。






「一成、修理終わったぞ」


教室を出ると、一成とある生徒がいた。
まぁ、相手は俺のコトなんて知らないだろうけれど、俺は彼女を知っていたりする。


「うむ、ご苦労だった」

「別にいい。それで、他に直さないといけないとこあるのか?」

「ある。視聴覚室の暖房器具がこの度、天寿をまっとうされたようだ」

「あのな、天寿をまっとうしたら、直せないだろう」

「俺から看ればまっとうしただけであって、衛宮から看れば仮病かもしれん。だから、一度看てやってくれないか?」

「ああ。別にかまわないぞ」


そう言って、俺と一成は視聴覚室の方へ向かった。
それにしても一成は大物だと思う。
あの遠坂 凛を完全に無視して話をするのだから。

遠坂 凛とは、まぁ何処の学校にもいるだろうが、学校のアイドル的存在だ。
ご多分に漏れず、一時期彼女に憧れていた時もある。
今はそんなコトを考えたら、後々怖いので、考えないようにはしている。

まぁでも、やはりキレイではあると思う。
一応、声でも掛けておこう。


「朝早いんだな、遠坂」


まぁ、これぐらいしか思いつく言葉がなかった。












「先輩、お昼食べましょう」

「ああ」


一成の手伝い、午前の授業も無事済んだ。
いつもの様に桜が教室の入り口の所で待っていた。
多少の冷やかしがあるが、それは割と気にならないようになった。
まぁでも、少し溜息が出るのは仕方がないだろう。
それでは、学校で一番楽しみな時間を楽しむとしよう。

俺と桜は、購買で買ってきたパンと自販機の缶ジュースを手に屋上へと行った。
俺はカツサンドで、桜は卵のサンドイッチだ。
一応飽きないようにローテーションを組んでいるのが、やはり学生らしい。

前までは弁当だったりしたのだが、冷やかしと盗難されるので購買組になったりしている。
それでも時々、桜が弁当をつくってたりするのではあるが――。


「うわ、やっぱり少し寒いな」

「そうですね。あ、でも今日はこれがありますから」


桜が魔法瓶を見せながらそう言う。
どうやら、桜が気を利かせて弓道場から茶葉とお湯を失敬してきたらしい。
最近の桜は割と大胆なコトをするようになった。
まぁ、それを美綴も許しているんだから、別にコソコソとする必要はないんだけど――。


「あ、遠坂先輩、こんにちは」


すると屋上には朝も会った、遠坂がいた。
彼女もパン一つになにかの缶ジュースらしい。


「あら桜じゃない。二人でラブラブランチタイムって所?」

「そ、そんなんじゃ」


桜が少し顔を赤くして、手を振る。
あぁ、そんなコトすると卵サンドが崩れるぞ。


「じゃあ、わたしはお先に失礼するわ」

「え、もう行くんですか?」

「ええ。だって、独り身のわたしに甘々な二人の空気は毒だもの」

「っ――」

「まぁ、そう言う事で。またね、桜、衛宮くん」


そう言って、遠坂は学校の中に入っていってしまった。


To be continued...

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