「……まいったな。ほんの手伝いのつもりだったのに、三万円も貰ってしまった」
Fate/Stay Night
If Act 3
1/31 Side:Shirou Emiya-2
棚から牡丹餅というか、瓢箪から駒というか。
今日のバイト先のコペンハーゲンは飲み屋兼お酒のスーパーマーケットみたいな所で、棚卸しには何人もの人手が必要になる。
少なくとも五人、あといればいるだけ楽になるはずだった。
だが、そこのおやじさんは割とお調子者の気があって――。
『手伝える人は手伝ってねーん』
なんて、バイト全員に声をかけて安心しきっていたらしい。
で、結局店も集まったのが俺と店長おやじさんと娘のネコさんだけと言う地獄ぶりだった。
まぁ、そんな訳で俺は倉庫整理に汗をかいていたというわけだ。
気が付けば二時間後、棚卸しは終わっていた。
『驚いたなあ。士郎くんはアレかな、ブラウニーか何かかな?』
『違いますっ。力仕事には慣れてるし、ここのバイトも長いし、伊達にガキの頃からここで働かせてもらってません』
『そっかー。あれ、士郎くんってもう五年だっけ?』
『そのぐらいですね。切嗣が亡くなってからすぐに雇ってくれたの、おやじさんのトコだけだったし』
『ありゃりゃ。うわー、ボクも歳を取るワケだ』
おやじさんは、もむもむとラム酒入りのケーキを頬張る。
ネコさんはとなりで熱燗をやっている。
ここの一家は店長が甘党で娘さんが辛党という、バランスが良いと言うか、正反対の味覚をもっている。
『んー、でも助かったよー。こんだけやってもらって、お駄賃が現物支給(だけっていうのもアレだし、はい、これ』
ピラピラと渡されたのが万札三枚。
一週間フルに働いても届かない、三時間程度の労働には見合わない報酬だった。
『あ、ども』
さすがに戸惑ったが、貰えるからには貰っておいた。
まぁ、そうしないとおやじさんも引き下がらないだろうし。
少し苦笑しつつ、その万札三枚を受け取った。
『じゃあ、お先に失礼します』
そうして、コペンハーゲンを後にしようとした時――。
『……んー、ちょい待ち。エミヤん、今日の話誰から聞いた?』
疲れたー、とストーブの前で丸まっているネコさんに呼び止められた。
やっぱりあだ名には理由があるワケで、彼女のあだ名の由来はこれからなのだろう。
実際、目を線にしてぐったりとしている姿は猫そのものだ。
『えーと、たしか古海さんですけど』
『……はぁ、学生に自分の仕事おしつけるんじゃないってのよ、あのバカ。じゃあ今日の棚卸し、また聞きだったのに来たんだ』
『あー……まぁ、暇だったら手伝ってくれって感じで』
『はぁ…エミヤんもお馬鹿さんだねー』
ネコさんは、くすくすと笑いながらそう言った。
俺は少し仏頂面になって、ネコさんを軽く睨みつける。
『む――』
『まぁ、そうむくれなさんな。キミさあ、人の頼みを断ったコトないんじゃない?』
『別に自分に無理な事はしてませんよ』
――そう。
自分に無理な事はしても無駄だとわかっている。
あぁ、でも無茶な事はしているかもしれないが――。
『ふーん。まぁ、そういう事にしておこうか。あーそれと、今度藤村にちょってゃ顔出せやコラと伝えてほしいのです』
ネコさんは熱燗をくいっと飲みながら、顔を少し赤くさせていた。
更に指をくるくる回して、そう言った。
どうやら、俺の事をトンボか何かと間違えているような気がする。
酒もまわり丁度できあがって来た所だろう。
『はあ。…まぁ、とにかく藤ねえに伝言?』
『そ。じゃね、あんまし頑張りすぎんなよ勤労少年よ』
そう言って、ネコさんは俺に手を振った。
俺は静かにコペンハーゲンを後にした。
「……いつのまにか橋越えてら」
隣町の新都から深山町まで、ぼんやりしているうちに着いてしまった。
見慣れた道を見て、ほんの少しほっとしていたりする。
夜の町並みを行く。
冬の星空を見上げながら坂道を上っていると、あたりに人影がない事に気が付いた。
時刻は七時半頃だろう。
この時間ならぽつぽつと人通りがあってもいいのに、外には人気というものがなかった。
「そういえば、たしか……」
つい先日、この深山町の方でも何か事件が起きたんだったっけ。
そう考えると、やはり、この町も都会に近づいてきたんだと思う。
ここは住宅街しかないから、建物の取り壊し、新しい建物が建つと言う事はあまりない。
だから、そこら辺には少し疎くなってしまう。
それにしても、事件か…。
押し入り強盗による殺人事件、だったろうか?
多分、人通りがないのも、学校の下校時刻の変化とその事件の所為だろう。
まぁ、そんな事件が起きているのだから、戸締りにはほんとうに用心しないといけないだろう。
それに、桜を一人で外を出歩かせるのも危ないから、なるべく下校する時は一緒に帰るようにしよう。
「……ん?」
一瞬、我が目を疑った。
人気がない、と言ったばかりの坂道に人影があった。
坂の途中、上っているこっちを見下ろすように、その人影は立ち止まっていた。
「――――」
知らぬ息を呑む。
銀の髪をした少女はニコリと笑うと、足音もたてず坂道を下りてくる。
その途中――。
「早く呼び出さないと死んじゃうよ、お兄ちゃん」
おかしな言葉を、口にしていた。
坂を上がりきって我が家に到着する。
家の明かりが点いているのを見ると、桜と藤ねえはもう帰ってきているようだ。
今に入るなり、旨そうなメシの匂いがした。
テーブルには夕食中の桜と藤ねえの姿がある。
今晩の主菜はチキンのクリーム煮らしく、ホワイトソース系が大好きな藤ねえはご機嫌のようだ。
「あ、先輩、お帰りなさい。お先に失礼してます」
「ただいま。遅くなってごめん。もうちょっと早く帰って来ればよかったんだけど」
「いいですよ。ちゃんと間に合いましたから。ちょっと待っててくださいね、すぐ用意しますから」
「わかった。手を洗ってくるから、人のおかずを食べないように藤ねえを見張っていてくれ」
「はい、きちんと見張っています」
一度自分の部屋に戻る。
自分の部屋なのに、桜がくれた小物の方が多かったりする。
更には藤ねえがポイポイと置いていった用途不明の物も置いてある。
まぁ、自分にはこれと言って好きな芸能人もいないし、読書もしないので、ほんとうに物が少ない。
だから、二人が見るに見かねて、小物を置いているのだと思う。
まぁ、問題としては、桜の場合は女の子の小物で、藤ねえは意味不明の物なのだ。
だから、誰かが来た時、少し恥ずかしかったりする。
手を荒い、着替えを済ませて居間に戻ると、テーブルには夕食が用意されていた。
それほど時間が掛かったワケではないので、桜の手際の良さには感心してしまう。
「いただきます」
「はい、今日は洋食がメインなので、先輩のお口にあえばいいんですけど……」
桜はあくまで奥ゆかしい。
むろん、俺は桜のつくる料理に不満はないし、期待してもお釣りが来るくらい絶品だ。
まぁ、いつも二人で料理の研究をしている仲なのだから、お互いの好みを知り尽くしているのだから。
それにしても、桜の料理の腕は、かなり向上している。
洋風では完敗、和風ならなんとか勝てそう、中華はお互いノータッチ、という状況だ。
中華は嫌いじゃないのだが、味が割と濃いので年に数回食べる程度なのだ。
まぁ、俺の方が料理をつくり始めたのは先なのだが、桜がすぐに追いかけてきて、今にも抜かれそうな状態だ。
毎回毎回、無理しなくてもいいぞ、とかブレーキをかけさせようとしてみる。
だが、返ってくる返事はいつも、女の子のプライドですから、と言われる。
「――む」
やはり巧い。
ほんとうに抜かされるのはあっという間かもしれない。
「どうでしょうか先輩……?その、今日のはうまくいったと思うんですけど……」
「文句なし。ホワイトソースも絶妙だ。もう洋食じゃ桜には敵わない」
両手をあげて降参した。
白旗があったら、それも挙げたくなる。
「うんうん、桜ちゃんが洋食に目覚めてくれて、料理の幅が広がった」
と。
今まで一人食事に専念していた藤ねえが顔を上げた。
「あ。話は変わるけど…士郎、学生がこんな夜更けに帰って来ちゃいけないんだからっ」
…あちゃ。
桜の夕食でご機嫌かと思われていたが、俺の顔を見た途端にご機嫌ななめになった模様だ。
「もうっ。また誰かの手伝いしてたんでしょ。それは良い事だけど、こんな時ぐらいは早く帰ってきなさい」
「…へい」
「そうですよ、先輩。大河姉さんの言うとおりに早く帰ってきてください」
「……ああ、わかってる。明日からは暫く桜と一緒に下校しようと思ってるけど…いいか?」
「え!?は、はいっ」
俺がそう言うと、桜は満面の笑顔となった。
「まぁ、人助けが悪いわけじゃないんだけどね。はぁ…切嗣さんに似たのかなぁ…そんなんじゃお姉ちゃん心配だよ」
どのあたりが心配なのか、もぐもぐと元気よくご飯を食べる藤ねえ。
「そうですね…。昔からお父さんに影響されてましたからね、先輩は」
「桜、人聞きの悪い事を――」
桜にまでそんな事を言われてしまった。
「間違いないじゃない。小学校の頃の作文にボクの夢は正義の味方になる事です、だったんだから」
「まぁ、確かにそうだけど…」
「わたしがいじめられていると、よく助けに来てくれましたからね」
桜が昔を思い出しながら、小さく笑う。
小学生の頃の桜は、結構いじめられていたのだ。
まだ、あの時の傷も癒えてなかったから、少し塞ぎ込み気味だったし。
その時怒りを覚えたのが、桜の担任とかその他大勢の教師だったりする。
いじめていた側に割と学校に影響を及ぼす親を持ったヤツがいたのだ。
更にその親に常識と言うものがあればよかったのだが、そうは上手くいかなかった。
自分の子供こそ一番、正しいと考える親だったのだ。
俺は、ソイツに怒りを覚え、派手な喧嘩をした。
そこで、色んな問題になったのだが、まぁ、俺のバックには藤ねえがいたので、事無きを得た。
藤ねえの家の者が、ソイツの親の家に殴りこみにいって――。
まぁ、その後は想像できるだろう。
結局、ソイツとソイツの親は引っ越していった。
「ふーん。じゃあ、その頃から士郎は桜ちゃんのナイト様だったりしたのね」
「な――え…あ…」
桜は顔を真っ赤にして俯いた。
「煩いぞ藤ねえ。そんな事言ってる暇があったら、自分も彼氏つくってみろ」
「――な」
がーん、と打ち崩れる藤ねえ。
そのまま泣いて帰るかと思えば――。
「うう、お姉ちゃんは悲しいよう。桜ちゃん、おかわり」
ずい、と三杯目のお茶碗を差し出していた。
「さて……始めるか」
丁度、零時きっかり、俺は一人土蔵の中にいた。
土蔵の中は、割とちらかっていて、そこには俺の趣味の物がいくらか転がっている。
多分、衛宮 士郎にとって、この土蔵こそが本当の自分の部屋なんだろう。
「――同調(、開始(」
衛宮 士郎は人には言えない秘密がある。
それは、自分が普通の人間ではない事。
自分は、見習いではあるが、魔術師というモノである事――。
――いや、魔術師ではなくて、魔術使いだ。
魔術使いは、魔術を他人のために使う存在。
自分のためだけに使うのが魔術師であって、俺はそれになってはいけない、と切嗣(から言いつけられた。
それでも、俺は構わなかった。
――僕は魔法使いなんだ――
切嗣は俺の憧れであって、俺は魔術師には憧れてはいなかった。
だから、切嗣みたいになれるのなら、切嗣の言いつけは絶対だと信じていた。
「――っ」
今、俺は俺の身体を変えようとしている。
自分の身体を変化さえ、一本の擬似神経をつくりだそうとしている。
それが、魔術を使う時に必要な魔術回路である。
きっと、ちゃんとした鍛錬を行っているモノなら一瞬で生成が可能だろう。
だけど、強引に切嗣に教えを請い、一から十の基礎があるとして、俺は一しか習っていない。
だから、この作業にも長く時間が掛かる。
「――、――――っ」
もう、バケツの被ったぐらいの汗を流している。
身体が焼けるように熱い。
擬似神経と呼ばれる熱い鉄柱が俺の背骨にズブズブと入ってくるような感じがした。
とても痛い…。
自分の身体が壊れてしまいそうだ。
けれど、不思議と止めようと思う気持ちはなかった。
「――」
一時間程して、ようやくその擬似神経の安定がしだす。
それを確認すると、傍に落ちていた鉄パイプを片手に持つ。
「――基本骨子、解明」
自分はちゃんとした呪文なんて知らない。
俺はただ、魔術の一しか学ばなかったのだから。
それに、どうだろう?
誰が魔術の呪文をつくったのだろう?
結局、呪文とは自己暗示のようなモノなのではないか?
なら、自分にしっくり来るヤツの方が、効率はよくなるはずだ。
たとえば、無理に外国語を覚えなくても、日本語で事足りると思う。
「――構成材質、解明」
だが、知識や情報と言う物はこの上ない武器かもしれない。
なにせ、それのおかげで間違った道を進まなくてよいのだから。
「――、基本骨子、変更」
鉄パイプに魔力を流し込む。
それは、無理矢理、違う人間に違う型の血液を輸血しているような物。
そうすれば、身体は拒絶するし、成功なんてもっての他だ。
だが、それを可能にするのが俺たち――。
「――、――っ、構成材質、補強」
無理矢理流して、更にそれを目的の形に変化させる。
それが、強化の魔術。
それが、俺に出来る唯一の魔術だ――。
だが――
「――っ!!」
その魔術も簡単には成功できない。
それが、見習い魔術使いで、出来損ないの自分だから――。
――ボクの夢は、正義の味方になる事です。
それは間違いだとは一度も思った事なんてない。
現に俺は、正義の味方に救われたのだから。
それでも、その正義の味方は、全ての人を助けれなかった事に嘆いていた。
それは仕方のない事。
そう思うしか、やっていく道はなかった。
だけど、それを認めるのがとても悔しい。
そして、もしかしたら俺の夢は別の所にあるのかもしれない――。
それは、今もまだわからない――。
To be conitinued...
|