久しぶりに、昔の夢を見た――。



Fate/Stay Night
IF Act 4
2/1 Side:Sakura Emiya


わたしは、とてもとても痛い思いをしたようだ――。
けれど、本当の所、わたしは何も覚えてはいない。
ただ、誰かに助けられたのは確かだ――。

最初はわたしと同じくらいの歳の子だった――。

あれは、助けたと言うよりも、覆い被さったような感じだった。
仰向けに倒れていたわたしを見つけ、手を差し出そうとした時に、彼は倒れてしまった。
けれど、彼は立派にわたしを助けてくれていた。
彼がわたしの盾となって、悪い空気を吸わせないようにしてくれたのは確かだ――。

次に助けてくれたのは、なんだかわからなくて、少し怪しい無精髭のおじさんだった。

少し寂しそうな笑顔をつくっていた。
きっと、寂しそうだけど、少し安心した笑顔でもあったはず――。
今じゃもう、正確には思い出せない。
もしかしたら、わたしの思い違いかもしれないし、もしかしたら、わたしの願望かもしれない。

わたしは、この二人のおかげで生き延びれたんだ――。

この二人が、わたし、衛宮 桜に生をくれた人たちなんだ――。












「……ん…」


目覚めると、まず目にするのはわたしの部屋の見慣れた天井。
もう、この家に住んで十年以上になる。
もうすっかりわたしの帰る場所と認識できる事が嬉しい。

軽く目を手の甲で擦る。
無理矢理、頭を覚醒させる。


「……ぇ…?」


だけど、今日はいつもと違っていた。
手の甲の感触がいつもと違った。
なにか液体のようなモノを感じた。

指の腹で、目の周りについたものを拭った。

指を見ると、それは真っ赤な血だった。


「な――」


驚いて、自分の手の甲を見る。
そこには、やっぱり真っ赤な血が流れていた。
ほんの少しミミズ腫れのような痣がある。

だけど、不思議と痛みは襲ってはこない。

そうなると、自分の感覚がおかしくなってしまったんじゃないかと思ってしまう。
だけど、どんなに自分を確認しても、自分の身体に異常は感じられなかった。
痛みを感じないとなると、ほんの少し安心をする。
それは自分の力が暴発でもしてしまったのかと思ったからでもあるから――。

すると、変な考えまで生まれてしまう。

あー、シーツに血がついちゃった……今日、洗っても大丈夫かな、と。
広範囲ではないが、やっぱり血のついたシーツで夜を過ごすのは少し嫌だった。
たとえそれが自分の血でも変わらない。

急いでシーツを取り外し、洗濯機に放り込もうと思う。

昨日の天気予報によれば、今日は一日中晴天のはずだから、朝から干しておけば乾くはずだ。
今日は割と忙しい朝になりそうだ。






着替えて、キッチンの方へ向かう。
パジャマとシーツはさっきも言ったように、洗濯機に放り込んでおいた。
ついでに昨日使ったバスタオルやらも一緒に――。

なんとなく、自分の行動が奥さんみたいな感じがした。

とにかく少ない回数で、手間なく効率よく仕事をしたい。
そんな考えがわたしの中にはある。
それに、掃除、洗濯は割と嫌いじゃない。
やっぱり、キレイにするとさっぱりする。


「さて…と――」


いつもの様に俎板、フライパン、鍋を引っ張り出す。
お味噌汁は、ほとんど毎朝と言っていいほどつくっている。
魚もバリエーションを考えても、やっぱり毎朝だったり――。

まぁ、とにかく…衛宮の家の朝食はものすごく和風なのだ。

それは、お父さんの影響でもあったりする。
最初にわたしと先輩に出してくれた料理が、白いご飯、お味噌汁、焼き魚だったりする。
まぁ、お世辞にも美味しいとは言えなかったけれど――。

普段料理なんてした事がなかったのか、ご飯はジャーで炊いているのに焦げてたり。
お味噌汁は、味噌が多くて塩っ辛かった。
焼き魚なんてほとんど炭状態だった。

お父さんはものすごく沈んだ表情をしていたけれど、わたしにとってそのお料理はとても美味しく感じた。

お父さんの気遣いを感じれたのが嬉しかった。
わたしと先輩の事を大事に想ってくれているのだと思うと、胸が絞めつけられるほど嬉しくなった。
それはきっと、先輩も同じだと思う。

お父さんの気遣いが嬉しかったから、わたしと先輩は料理をつくろうと思ったのだと思う。

いつの間にか、お父さんの腕は抜かしていて、一番は先輩で次いでわたしになった。
お父さんは少し悔しそうに笑っていたけれど、わたしたちのご飯を食べてくれている時、とってもキレイな笑顔を見せてくれた。
だから、わたしも先輩もどんどん料理に拘ってしまったのだと思う。


「よしっ」


下ごしらえと言うか、後は魚を焼くだけなので、ほとんど工程は終了してしまった。
時間を見てみると、まだ時間があったりする。
今日は、さっきの件で目が覚めてしまったので、すぐに動き出した所為かもしれない。

仕方ない、こうなれば箸休めと言う感覚で、なにか簡単な料理でもつくろうかと思う。

そう思って、わたしは冷蔵庫を開けてみた。
アスパラ、ジャガイモ、ベーコンがある――。
アスパラはそのまま、切り分けて、マヨネーズやディップをつけて食べるのも美味しい。
でもジャガイモの方は、前に一度、ジャガイモを生で食べてみた事があるけれど、あれは駄目だった。
だから、両方使うとしたら、生のままの調理方法は駄目だ――。
それにベーコンもあるのだから――。

そうだ――。

わたしは思いつき、ジャガイモの皮を剥いて、長細く、人差し指の太さで切っていく。
アスパラも豪快に半分ずつ切っていく。
それをベーコンで巻いて――。




「あつっ――」


ベーコンはほんとうに油をよく飛ばす
手の方に油が飛んできて熱かった。


「それにしても、これもある意味メインなっちゃったかも…」


箸休めの料理と思ったのだけれど、いつの間にか焼き魚に並ぶメインの主菜になってしまった。


「いや、別に良いんじゃないか?」

「でも、流石にこれだけつくっちゃうと――」

「んー、二人で喰っても余らないとは思うぞ?」

「そうですか?――でも、これも食べちゃうと、後々体重計に乗るのが怖――って」


後ろを振り返ると、そこには先輩が立っていた。


「おはよ。それじゃあ、そのベーコン巻きは弁当にするか?」

「え、あ……そ、そうですよねっ」


確かに名案だと思う。
別に無理して、今食べることはないんだし。




「んじゃ、いただきます」

「はい。わたしもいただきます」


今日は大河姉さんは来ないようだ。
大方、テストの採点が終わらなくて、そのまま学校に直行するのだろう――。


「うん、今日の焼き魚の焼き加減、最高だぞ」

「え、ほんとうですか?」

「ああ。美味い」


と、先輩は箸を動かす。
自分で言うのもなんだけど、少し旨く行ったと思ったのだ。
そのまま高評価が返ってくるのが嬉しい。


「よかった――あ、せ、せんぱいっ!」

「え――な、なんだ?」

「そ、その右手から血が」

「え――?」


先輩の右手の甲から血の滴がポタポタと落ちていた。
あれは、さっきのわたしと同じみたいで――。


「うわ、いつ怪我したんだろう?別に痛くもないのに――」


そう言って、ティッシュで血を拭きながら、先輩は不思議そうに右手を見つめる。
そこには、わたしと同じような変な痣ができていた――。












「じゃあ、行きましょう、先輩」

「ああ。戸締り、ガスの元栓も二回チェックしたからな」


先輩はそう言って、笑う。
きっと、昨日の事でからかっているんだと思う。

自分で言うのもなんだけど、わたしは結構天然が入っているかもしれない。

自分では計算高いかもしれない、と心の中で思っていたりしていた時期もあったりしたんだけど――。
やっぱり、今は天然の気があると自覚してきてしまっている。

まぁ、それはいいとして、先ほどの事は何事もなく終わってしまった。

お互い、わけのわからない病気にはかかってはいない、と思うし。
もしかしたら、自分たちの力が暴発した、と言うぐらいしか思えなかったからだ。
それに、変な痣も数日後には消えそうな雰囲気なので、多分大丈夫だと見越した。

それは半分、自分に言い聞かせているわけではあるが――。


「今日は朝も出るんですよねっ」

「ああ。それと、午後もな」


先輩がそう言うと、一気に嬉しくなった。
まぁ、美綴先輩には少し迷惑を掛けるかもしれないけど――。
それでも、自分たちではわからないモノだ。

わたしたちは普通に部活動をしているのだけれど、美綴先輩に言わせれば、変なオーラが発生しているとかなんとか…。

まぁでも、直す気はあまりなかったりする。
先輩は知らないだろうけど、割と先輩の名は生徒に知れ渡っていたりする。
どんな伝わり方をしているかは、千差万別だけど――。

少し怒りを覚えたのが、便利や衛宮士郎、とか――。

確かに先輩はお人好しすぎる所がある。
けれど、それを利用する人たちがわたしはとっても嫌だった。
頑張った人には頑張った分だけ報酬を貰わなくちゃいけない…。
わたしは常々そう思っている。

先輩はいつも頑張っている。

だから、わたしも出来るだけ先輩になにかをあげたい。
けれど、先輩が欲しいものがわからないのが今の現状だ――。

先輩はなにからなにまで、正義の味方のように思えてしまう。

正義の味方は無償で動くものだ、みたいなモットーが先輩にはあるかもしれない。
けれど、そんなのは偽善だと思っている。
やっぱり、お互いに利益がないと、後でなにか面倒な事が起きるはずだ。


「お、あそこに立ってるのは美綴だな」


そんな事を考えているうちに、わたしたちは学校に着いてしまった。
やっぱり、まだ早い時間なので、生徒の姿はあまり見かけなかった。
いや、ここで今日初めて生徒の姿を見たかもしれない。

美綴先輩は、もう胴衣に着替えていた。

と、言う事はもっと前からこの学校に登校している事になる。


「おはよ、衛宮×2」

「おい、×2(かけるに)って――」

「間違いじゃないだろ?」

「……まぁ、そうだが」


わたしは美綴先輩の言動に少し苦笑した。


「まーでも、桜も結婚するとき苗字が変わらないから楽だねー。電話とか出るときもとちったりしなくていいんだし」


美綴先輩は少し意地悪そうな事を言う。
た、たしかにそれはそうだと思う。


「あ、でも、そういうとちったりする所が旦那にとっては可愛いのかな?そこの所どーよ、衛宮よ?」

「……なんで俺に振る?」

「そりゃー、ここにいる男代表として、さ。高校生の分際で世の学生が手に入れたいモノを全て手に入れている人に意見を聞こうと思ってね」

「はぁ……」


先輩は溜息を吐いた。
でも、それはほんとうなんだろうか?


「あはは、まー冗談はこれぐらいにしておいて。今日は部活やってくんだろ?久しぶりにショーブしないか?」

「む、受けて立つよ」

「おしっ、そう来なくちゃ。妻の方も強制参加だからな」

「はい」


と、思わず返事してしまった。
そうなるとやっぱり、美綴先輩は嬉しそうに笑う。
彼女曰く、今日の酒の肴には持ってこいだ、とか。

まぁ、その酒は部活で出されるお茶の事なんだと思う――。












昼休みになった。

うちの学校には割かし立派な食堂があって、ほとんどの生徒は食堂で昼食をとる。
だけど、中には弁当持参する人もいて、その中の一人が目の前にいる生徒会長さんだったりする。


「衛宮、そのアスパラのベーコン巻きを一つくれないか。俺の弁当には圧倒的に肉分が不足している」

「……いいけど。なんだっておまえの弁当ってそう質素なんだ?いくら寺だからって、生臭が駄目ってわけじゃないだろ?」

「なにを時代錯誤なことを。これは単に親父殿の趣味だ。小坊主に食わす贅沢はないそうな」

「はあ」

「悔しいのなら己でなんとかせよ、などと言う。いっそ今からでも典座になるか、俺も考えどころだ」

「あー、たしかにあの爺さんなら言いそうだ」


柳洞先輩は柳洞寺の住職で、大河姉さんのお爺さんとは旧知の仲らしい。
大河姉さんのお爺さんは、とにかく豪快で、悪く言えば極道のような人。
そんな人と気が合う、という時点でまともな人格を期待してはいけない。

とにかく、わたしと先輩はお爺さんに振り回されたことが何回かあるから言えるのだ。


「ま、いいや。んじゃ、いつか恩返しを期待して一つ」


先輩がアスパラのベーコン巻きを一つ柳洞先輩の弁当箱に放った。


「やや、ありがたく。これも托鉢の修行なり」


深々とおじぎをする柳洞先輩。
……なんていうか、こういうのが様になるコトがお寺の息子さんなのだと再認識させられるのはどうかと思う。


「そう言えば、二人は朝方、二丁目の方で騒ぎがあったのを知っているか?ちょうど衛宮たちと別れるあたりの交差点だが」

「交差点……ですか?」


朝方の交差点…。
そう言えば、パトカーが何台も止まっていたと思う。


「なんでもな、殺人があったそうだ。詳細は知らないが、一家四人中、助かったのは子供だけらしい」

「はあ…」

「それで、その犯行につかわれた凶器が包丁やナイフではなく長物だというのが普通じゃない」


長物…。
つまり日本刀、というコトだろうか。
殺人事件という事は、子供以外殺された…。

…想像をしてしまう。
深夜、押し入ってきた誰か。
不当な暴力。
一方通行の略奪。
斬り殺される両親。

その殺人犯という名の悪鬼に震える子供たち…。

わたしは少し嫌な気分になった。
あくまでも一方的な略奪…。
それを考えただけで、虫唾が走ってしまう。


「それで、一成。犯人は捕まったのか?」

「捕まってはいないようだな。新都の方では欠陥とか人為的な事故とか騒いでいて、警察の方も慌しいようだ」

「……そうか」

「――どうした衛宮?喉にメシでもつまったか?」

「? 別に何もないけど、なんだよいきなり」

「いや……衛宮が厳しい顔をしていたのでな、少し驚いた。すまん、食事時の話ではなかったな」


柳洞先輩はすまなそうに場を和ます。
たしかに、先輩の顔はいつもと違っていた。
まるで、自分の所為と思っているような――。













「それじゃあ、今日はこれで終わり。部活の人はなるべく遅くまで残らないでください」


今日は少し疲れた気がする。
美綴先輩が、悔しがって結局、一時間目の授業が始まるか、ぐらいの瀬戸際まで道場にいた。
それで、タイムアップと同時にわたしたちは更衣室に走って、急いで着替えた。
その後、お昼は柳洞先輩が話した事件のことで、少し気分が悪くなった。

そして、極めつけは午後の授業の体育でマラソンをしたため、もう半分以上の体力を使い切った状態になっている。

もうクタクタと言うような感じだ。
だけど、午後の部活には行こうと思っている自分が少し可笑しかった。
どんなに疲れても、部活には行きたい自分がいる事に。

それに、今日は先輩もいる――。


「衛宮さん」

「…え?」

「あの…間桐先輩が呼んでるんだけど」


そう言われて、わたしは教室の入り口の方を見た。
そこには、部活で一緒の間桐先輩がいた。


「ねー、間桐先輩ってば衛宮さんに告白ー?」

「ばーかね、桜ちゃんはもう彼氏って言うか旦那がいるじゃない。そんなの間桐先輩だって知ってるわよ」


少し外野が騒がしくなるけれど、わたしは少し苦笑しながら、間桐先輩の所に行った。
間桐先輩はほにゃっとした柔らかい笑顔を見せていた。
みんなはこの笑顔にときめいたりする、とか言っていたけど、わたしにはなにも感じなかった。

と、言うか…なにか無理をしているような感じさえしていた。

間桐先輩と出会ったのは、一年前。
わたしが部活に入りたての頃だった――。
悪い噂もなく、明るく、人懐こい彼の人柄のおかげで、彼の周りには人が集まっていた。
けれど、わたしは彼の周りには行かなかったのを覚えている。

なにか、違和感を感じたから――。


「悪いね、衛宮。急に呼び出したりして」

「いえ。――それで、なんですか用って?」

「ん。ちょっと、ここじゃ話せない事だから、屋上にでも行こうか?」

「?――はい、わかりました」






「うわ、少し寒いな」


間桐先輩は笑いを含んだ言葉を発した。
なんでそんなに楽しそうに演じているかがわからなかった。


「それで、用ってのは――君はなにも覚えてないのか?」

「え――?」


いきなり間桐先輩の表情が変わった。
それは、少し冷たくて、少し怖かった。


「君は、なにも覚えてない…のか?」


彼の言っている事は、きっと十年前の事だろう。
この町で起きた、あんな大きな事件を町の人間で知らない人間なんていないはずだ。
実を言うと、わたしと先輩が付き合うときに、大まかに事情はみんなに話したのだ。

だから、わたしと先輩があの事件から生還した人ってのは、少なくとも美綴先輩と間桐先輩は知っている。


「…すみませんが、十年前の事はすっかり忘れています。自分が今の自分になる前は白紙状態です」

「――そうか」


そう言って、間桐先輩は黙った。


「すまないね、手間をとらして」

「いえ。それはいいんですけど、いきなりなんですか?」

「ん?いや、別に――。あ、そうそう、明日は僕部活出れないんだよ」

「はあ」

「それで、前から藤村先生に頼まれてた備品置き場の整理の期日が明日までなんだよ。だからさ、衛宮たちに頼みたいんだけど――」

「それは、いいですけど…」

「あー、もちろん報酬はあるよ。お互いギブアンドテイクだ。そうだな、衛宮の好きな映画のチケットをペアで買ってあげるよ」

「え、ほんとうですか?」

「ああ。それぐらいの報酬は出さないとね。それに、衛宮の旦那に話すと無報酬で引き受けちゃうだろ?だから、マネージャーの君に頼んだのさ」

「も、もう、間桐先輩ったら」

「まぁ、そう言う事で頼むよ。――それと、頼んだ本人が言うのもなんだけど、なるべく早めに帰った方がいいよ。最近物騒だから」」


間桐先輩はそう言って、学校の中に入っていった。


To be continued...

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