炎の中にいた。



Fate/Stay Night
IF Act 5
2/2 Side:Shirou Emiya



崩れ落ちる家と焼け焦げていく人たちを、俺はただ眺めていた。

いや、見捨てて、俺は逃げていた。

走っても走っても風景はみな赤色。
建物のも草も木も、そして、人も――。
全てのモノの形は失われかけていて――。
酷いモノは、元の形さえもわからない――。

でも、みんなはこう叫んでいる。


『タスケテ』


と。
だけど、俺はそんなコトは出来なくて。
自分自身を生かすコトで精一杯だった。

耳の中に入ってくる声は、とても痛々しい――。

これは十年前の光景だとはわかっている。
長く、思い出す事がなかった過去の記憶だ。
その中を、俺は再現するように走っている。

悪い夢だと知りながら出口はない。
走って走って、どこまでも走って。
行き着く先は結局、力尽きて助けられる、幼い頃の自分と桜だけだった。

その世界では、桜と俺だけに色があった。
桜が苦しそうに倒れていて、俺は何故か桜を生かそうと考えていた。
それは何故なのかはわからない。

きっと意味があったコトだ――。
だけど、それさえも忘れてしまった。

だけど、結果的に桜は助かったのだ――。

それが、唯一の救いかもしれない――。












「――――」


嫌な気分のまま目が覚めた。
胸の中に鉛がつまっているような感覚。
額に触れると、冬だと言うのに鬱陶しく感じるほど汗をかいていた。


「……ああ、もうこんな時間か」


時計は六時を過ぎていた。
耳を澄ませば、台所からはトントンと包丁の音が聞こえてくる。


「桜は、早起きだな」


毎朝、これは変わらない。
毎朝、起きると必ず耳にするのは包丁が俎板を叩く音。
とんとんとん、と小気味良い音が聞こえてくる。
……て、感心している場合じゃない。
こちらもさっさと起きよう。






「士郎、今日どうするのよ。土曜日だから午後はアルバイト?」

「いや、バイトは入っていない。一成の所で手伝いでもしてると思う」

「そっか。もー、一応弓道部の部員なんだから顔は出しなさいよ」

「わかってるって」

「そっか、わかってるならよろしい。それで、暇だったらお昼に来てくれない?わたし、今月ピンチなのだ」

「? ピンチって、何がさ」

「お財布事情がピンチなの。誰かがお弁当作ってくれると嬉しいんだけどなー」

「断る。自業自得だ、たまには一食抜いたほうがいい。最近、体重計に乗るのが恐いんだろ?」

「うん、そうなんだよねー、最近、わき腹の辺りとか危な…って、シロー!」

「はいはい。俺たちと同じ物でいいなら用意するよ」


もちろん、俺と桜の弁当、と言うコトだ。


「うん、おっけーおっけー。じゃあ今日は一緒にお昼食べましょう」


いつも通りに朝食は進んでいく。
今朝のメニューは定番のほか、主菜でレンコンとこんにゃくのいり鶏が用意されていた。
手の込んだ物だが、きっと、これを昼の弁当にアレンジするのだと思う。


「そう言えば士郎。今朝は遅かったけど、何かあった?」


味噌汁を飲みながらこっちに視線を向ける藤ねえ。
ほんとうに変な所は鋭い。


「別に。昔の夢を見ただけだ。寝覚めがすっげー悪かっただけで、あとはなんともない」

「そっか。……桜ちゃんはどう?最近は魘される事が少なくなったと思うけど――」

「はい。割と最近は大丈夫です。……それでも、月一は必ず見ますけど」


桜はそう言って、苦笑した。
それにしても、俺たちは少なからず成長はしたと思う。

十年前のことだ。

まだあの火事のようなものの記憶を忘れられない頃は、頻繁に夢に魘されていた。
それも月日が経って、今では夢を見てもさらりと流せるぐらいには立ち直れている。

…ただ、当時はわりと酷かったんだと思う。

その時からうちにいた藤ねえは、俺と桜のそういった変化には敏感なのだ。


「士郎、食欲はある?今朝にかぎってないとかない?」

「ない。なんともないんだから、人の夢にかこつけてメシを横取りなんてするなよな」

「ちぇっ。士郎と桜ちゃんが強くなってくれて嬉しいけど、士郎の場合はもちょっと繊細でいてくれたほうがいいな」

「そりゃこっちの台詞だ。もちっと可憐になってくれたほうがいい、弟分としては」


そう、俺たちは軽口を言い合った。
桜は隣でくすくすと笑っていた。






























土曜日の学校は早く終わる。
それと比例してか、日も短くなっているように感じてしまう。

今日はなんだかこの学校に違和感を感じていた。

学校はいつも通りだ。
朝は朝練に励む生徒たちは生気にあふれ、真新しい後者には汚れ一つない。

多分、気のせいだと思う。

なのに、目を閉じると雰囲気が一変してしまう。
校舎には粘膜のような汚れが張り付き、校庭を走る生徒たちはどこか虚ろな人形みたいに感じられた。

それは、一日中続いていた。

そう感じるたびに、軽く頭を振って、思考をクリアにする。
そうして、どことなく元気がないように感じられる校舎で一日を送った。

午後は藤ねえと桜と一緒に弁当を食べた。
その後、逃げるように弓道場を出て、一成の手伝いをしていた。
それが終わったのは、五時近くだと思う。

そう言えば、桜が慎二に弓道場の備品置き場の整理を頼まれた、と言っていた。

俺も一成の手伝いが終わったらすぐに行くと言った。

多分、桜は律儀な性格だから、部活が終わるまで、作業は始めないだろう。
そうなると、ようやく今から整理を始める。
うちの弓道場は、わりと片付いているようには見えるが、裏の部分はなんとも言えない。


「よし、じゃあ行くか」


そう言って、俺は弓道場に向かった。







弓道場に行くと、既に部活は終わっていた。
そこに桜が一人いた。
着替えも済んだようで、一息ついている所のようだ。


「よ、桜」

「あ、先輩。来てくれたんですね」

「ああ。約束したろ?それに、時間を無駄に使うのも悔しいからちゃちゃっと終わらせよう」

「はい」







「んー、こんなモノもあるんだな」

「あ、ちょっと可愛いですね」

「でも、なんで虎のストラップが弓についてるんだ?」

「――大河姉さんのじゃないですか?」

「……やっぱりそう思うか?」


いざ備品置き場なんて片付けてみようとすると、変なものがたくさん出てくる。
変な形に折れた矢とか弓。
こんなとこに置くなら、早く廃棄しろって感じがする。

もはや備品置き場と言うより、物置と言った方が正しいかもしれない――。

そこで見つけたのが、何故か弓の弧の部分の端っこに小さな穴を空けて虎ストラップがついている弓を見つけた。
まぁ、これだと一目で誰が持ち主かなんてわかってしまう。

こんなふざけた事をするのは、ヤツしかいないだろう。


「げ、矢の羽にまでついてる」

「…矢の軌道が変わりそうですね」


今度は矢の羽に先ほどと同様のストラップがついた、矢があった。
どうにもこれは、弓道に対して冒涜しているとしか考えられないのだが――。

まぁ、それでも藤ねえの射の腕はやっぱり、人並以上だ――。

そう言えば、竹刀にも虎ストラップをつけて、それでなんかの大会で退場になった過去を持ってるって聞いたことがある。
ルールを守れば、きっと良い所まで行くんだろうな。


「げ、もう八時じゃないか」

「わ、そうですね。早く切り上げないと」


いつの間にか、時計は八時をまわっていた。
まぁ、こんな珍備品も出てくるので備品置き場の整理も楽しかったりする。
主に藤ねえの物ばかりなのだけど――。

やはり、姉の不始末は弟と妹がつけると言うのがセオリーらしい――。












「よし、帰るか」

「はい」


俺と桜は、弓道場の戸締りをして、家へと帰ろうと思った。
きっと、藤ねえも帰っていて、お腹が空いた、とか言いながら転げ回っていると思う。
だから、急いで帰って遅めの夕飯をつくらないと――。


「……ん?」

「――どうしました、先輩?」

「……いや…なんか、音が聞こえて」

「…音?」


耳を澄ませてみる。
すると風に運ばれて、小さな音が聞こえる。
それはまるで、出来の悪い鐘を鳴らす音のような、音だった。

なにかの金属同士がお互いを弾き合っている音が聞こえた。


「グラウンドの方だ、行ってみるぞ」

「え――ちょ、先輩っ!」


俺はグラウンドに向けて走り出していた。
桜も後ろについてきた――。






「な――」


俺が見たのは、今までの常識を覆す物だった。
それは、人の限界したモノ同士の戦い。

まるで、アニメの世界を見ているような――。

多分、映画のマトリクスの世界を現実に見てたら、頭がおかしくなる。
きっと、そんな感じの状態だ。
それほどまでに、あの赤と蒼の男たちの戦い方は激しいものだった。

一方が俺たちの目に見えない、光速の攻撃を繰り出しても、相手は簡単に受けたり、回避する。

だが、受けている側もただでは終わらず、すぐさま反撃をする。
そして、その攻撃も普通の人間にとっては、必殺の攻撃だ。
おそらく、彼らにとってもそうだろうが、お互いの技が拮抗していれば、それは牽制程度にしかならない。

きっと、あの二人に必要なのは相手の油断、隙、自分が勝利するための布石だ――。


「せ、せ…ぱい…」

「しっ――」


桜の口を塞ぐ。
きっとアイツらなら、俺たちの声なんて簡単に聞こえてしまう。
いや、聞こえるのではなく、人がここにいると感じてしまうんだ。

アレは人間じゃない。

きっと、魔的なものに違いない。
ここからアイツらの場所まで、優に200Mはあるはずだ。
だけどアイツらの殺気は、俺たちに向けられていないはずなのに、全身に刺さってくる感じがした。

身体が思うように動かない。

俺がこんな感じなのだ、桜はもっと恐怖を感じているはずだ。
早く逃げないといけない、無茶と無理は違うように、俺たちとアイツらは別の存在なのだから――。

だが、恐怖を感じていると同時に、何処か見惚れている部分があると、俺は実感していた。
誰にもが届かない場所に届いた、あの二人がほんの少し羨ましくて、ほんの少し尊敬した。

きっと、才能があったには違いない――。

けれど、きっと努力をしたには違いない――。
だから、そんな二人が羨ましかったし、尊敬できた――。


「――桜、一刻も早くここから出るぞ」

「は、い」

「アイツらはきっと、人間じゃない…。だから、俺たちが敵うはずもない」


そう言って、俺は桜の手をとって、そっと校門の方へ急いで走る。
砂利がほんの少し混ざっているから、足音を起てそうで怖い。

起てれば、即座に俺たちはお陀仏だ。


「逃げるぞ――」


俺は自分に言い聞かせた。


To be continued...

FC2 キャッシング 無料ホームページ ブログ blog