虹色カメレオン(前編)

 これは悲しい物語。ここはカメレオンの国です。今日は年に一度の色変化大会。各地方の色自慢の色男たちが集い、発色の鮮やかさや、変化の美しさを競い合うのです。女性たちは女性たちで、艶っぽい男性たちを一目見ようと、あるいはうまくいけば見初められるかもしれないという期待を込めてやはり集まるのです。

 この年の大会は別の意味もありました。国王の娘が婚姻期に入ったこともあり、優勝者との結婚を約束されていたのです。そのため例年にも増して実力者揃いのハイレベルなメンバーになりましたが、その中でも優勝は間違いないだろうとされている者がおりました。その者は虹色変化を得意とし、その鮮やかさと変幻の神秘さに「飛ぶハエも落とす虹錦」とまで言われていました。姫も彼との結婚を心待ちにしているという噂まで流れていたくらいです。

 満月の夜、大会直前、樹液風呂で身体を入念に洗いながら、彼は幼い頃のことを思い出していました。彼はカメレオン国でも貧しい地方の生まれでした。生まれたときの彼は兄弟に比べ色素が薄く、カメレオンとしてまっとうに生きていくのは困難だろうと心配され、村医が匙を投げるほどでした。そのとおり彼は、唇が壊死するという奇病にかかってしまったのです。約一ヶ月で死にいたる原因不明の病気で感染の危険も疑われるため、切り株の根の奥へと彼は隔離されました。日光の届かない闇の中、彼は死に行くであろう自分を感じていました。次第に捕食は困難になり、病による心神耗弱と栄養不足による生体機能の低下で衰えていく自分を。僕はどうしてこんな身体に生まれたんだろう。どうしてこんなに苦しまなくてはいけないんだろう。どうしてカメレオン並みの幸せですら、僕にはないのだろう。せめて最期に薄褐色のこの身体が虹色の輝きを放ち、天高くカメレオンたちの目に焼きついて、そのまま空へと溶けていってしまえばいいのに……。

 回想の最中、土の上を澄んだのど笛が鳴り響き、彼は我に返りました。いよいよ大会の始まりです。どうしてあんなことを思い出してしまったんだろう。もう昔のことだ。今の俺はあの頃とは違う。俺は虹色変幻を手に入れた、世界で誰にも負けない色男なんだ。負ける気がしない。姫を手に入れ、天上の虹のごとく、お前等の上に君臨してやるのだ。

 大会は滞りなく進み、いよいよ彼の出番がやってきました。姫のみならず、詰め掛けた数多くの観衆が様々にのど笛をあげ、彼の登場を祝福しました。大会のルールは、まず個体の地の色を示し、それから色々に変化する様を披露していき、最後に再び地の色を示すというものです。色変化の美しさを際立たせようとするためのルールでした。いまやトレードマークの薄褐色をした彼が登場し、会場は一番の盛り上がりを見せました。これから起こる、悲劇を知らずに……。(つづく)