虹色カメレオン(後編)

「虹錦を医務樹室へ! 早く手当てを!!」

舞台の中央で動きのとれなくなった彼に医療班が近づくと、彼の身体にさらなる異変がおこりはじめました。虹色の身体が波を打つようにチカチカと点滅を繰り返し、次第に強くなっていきました。もはや目障りでしかないその変化に当てられ、心臓の弱い姫が気を失ってしまうと王はついに叫びました。

「奴を止めるのだ! 殺しても構わん!!」

そう言うのが先か、虹錦の身体から発せられる輝きが、今度は少しずつ弱くなっていったのです。やがてかすかな点滅をわずかに繰り返すのみになりました。虹錦はもはや身体を動かすことも色をコントロールすることもできず、脳裏に甦る記憶を感じました。

 奇病から回復した彼は身体にみなぎる力を感じ、気付くと色変化をしていました。彼はその場を駆け出すと近くに泉を見つけ、あらためて自分の色変化を映してみました。驚きは自信に変わっていきました。それは彼が今までに見たどんな色変化よりも鮮やかで美しいものでした。飽きることも忘れて自分の姿を映し続けていると、対照的な黒褐色の生き物が視界に入ってきました。彼女でした。

「聞いて。どんなに美しいとりどりの色を持っていても幸せにはなれないのよ。たくさんの色を持っているほど本来の自分の色を見失いがちになってしまうの。どっちもあなたの色だけど、本来の色の方も大切にして。」

彼に芽生えたのは自信というよりも自意識だったのかもしれません。

「君は雌でその色でしか生きていけないからわからないんだ。この色変化なら誰にも馬鹿にされず、いや、それどころか世界中から尊敬を集めることだってできるほどなんだ。」

「お願い。聞いて。確かにまばゆいほど美しいけれど、それが本当に大切なことじゃないの。わかるでしょ。あなただって昔……」

しつこく諌める彼女に虹錦は苛立ちを隠せませんでした。彼女の首を捕まえると泉に身体が映し出されるように引きずりました。

「見ろよ。おまえのこの醜いどす黒さを。俺がこんなになったからうらやましいんだろ。もう俺は昔の俺じゃないんだ!」

そう言い放つと泉に突き落とし、溺れる彼女を振り向きもせずに去っていきました。もうこんなところにいる必要はない。世界をめぐり、バカにした奴らを見返してやる。この色変化で、俺は今まであるべきはずなのになかった全てを手に入れてやるのだ。

それから数年、彼は全てを手に入れるはずの舞台の中央で、最期のときを迎えていました。かすかに見える自分の、虹錦と言われた自分の肌が、あのときの彼女の色、月のない闇夜ように真っ黒い単色となってしまった。

「自分の色さえ、なくしたのか……」

虹錦が最期に思った言葉でした。

 それから王国では二度と大会は開かれませんでした。彼は「虹焦げ付きし闇錦」と語りられ、戒めとしての伝説となったのでした。