「次の台詞」 乙音

 なんだっていつも僕のひらめきは、こんなとき、こんな状況で、こんな言葉となってしかやってこないのだろう。泣いている彼女の前で僕は笑いをこらえながら、頭に次々に浮かんでくる皮肉や最高級のジョークとはうらはらの深刻で親密な言葉を一生懸命選んでいた。いつもここで間違える。心はとても真剣なのにひらめく言葉は痛烈で痛快で、しかし口にしたいのは真面目なフォロー。そう。いたって真剣なのだ。
 笑ってはいけない状況、例えば葬儀などの場でお経の発音がおかしくて笑いを抑えきれないことがないか?
 上司に怒られているときに妙にかつらが気になって笑い出しそうになってしまうことはないか?
 心の中で誰かにそう語りかけながら、目の前の泣き顔の彼女(妖怪*1泣き赤子ならぬ泣きオナゴだな)に誠意を伝えようとする。
「いや、俺が冷たかった。もっとわかってあげるべきだったよ。男として小さいなぁって自己嫌悪してる……
「どうしてあんなこと言ったの?」
「とっさに出ちゃったんだ。本当はあそこまで思ってないし、言っちゃったことを後悔してる……
「もういい。わかんない。だってあんなこといわれて、今仲直りして、今までどおり仲良くなんてやっていけないでしょ!」

 なんだって僕のひらめきは、あのとき、あの状況で、あんな言葉となってしかやってこなかったのだろう。あのとき、相手が嫌がる言葉、絶対に言ってはいけない決定的な言葉が頭をよぎり、僕はついそれを口にした。
 いかに頭に血がのぼっていようとも、人間とは不思議なもので冷静に台詞を選んでいたりする。感情とはうらはらである言葉も、心の中のどこかの本心も、その一瞬で一度に頭に入り込んでくる。ただそのひらめきは、おそらくは「絶対にいってはいけない」ことであり、言わないで済ませるために浮かんでくることたちなのだろう。どうせなら「的確にいうならばこうだろう」という言葉が浮かんでくれればいいのに……。僕は、ひらめいてしまった彼女を傷つける言葉、決して本心では思っていない決定的な言葉を口にする衝動に逆らうことができなかった(ささやいた愛の言葉よりも多く、その衝動に耐え抑えてきたのに……って、それは言いすぎか)。

 別れを口にした彼女を僕は見送った。何度も何度も繰り返し、おんなじ失敗ばかり。いつも……いや、僕は彼女を追いかけ駆け出していた。心は真摯に、頭の中では(なんかドラマのワンシーンみたいだな、うん、*2ベタ子とベタ男みたいだ)などと思いながら。
 *1吉田戦車『感染るんです』より
 *2NTV『くりぃむしちゅーのたりらリラ〜ン』より